京都大学大学院薬学研究科助教 永安 一樹

精神疾患の社会負担は甚大で、全死亡要因の14%を占めるという推計もある。中でもうつ病は、先進国を中心に全世界の罹患者数が3億人に達する疾患で、疾患に伴う社会負担の甚大さのみならず自死という重大な転帰の原因ともなる。発展途上国の先進化に伴い、うつ病の社会負担の増大は確実であり、その克服はわが国のみならず全世界の喫緊の課題である。
この問題を解決する一つの方法として、モデル動物を用いた神経薬理学的アプローチと、大規模スクリーニングデータからなるビッグデータを解析する情報薬理学的アプローチを相互に補完的に用いる手法が挙げられる。筆者は、抗うつ薬の主作用点であるセロトニン神経系に着目して、この両者を組み合わせた研究を行ってきた。

その結果、モデル動物および培養細胞を用いた検討から、抗うつ薬の慢性投与によりセロトニン神経の活動性が亢進すること、治療抵抗性うつ病治療薬としても用いられる統合失調症治療薬オランザピンあるいは麻酔薬ケタミンの単回投与によりセロトニン神経の活動性が亢進することを見出した。さらに、セロトニン神経活動性のみを光で制御可能とするウイルスベクターを開発、応用することで、セロトニン神経の直接の活性化のみで抗うつ作用が引き起こされることを見出した。以上の結果はセロトニン神経の活動性が抗うつ薬の薬効発現において重要であることを示唆している。
また、化学物質の構造と活性の相関データを集積した化学ビッグデータに深層学習の一手法であるグラフ畳込みニューラルネットワークを用いることで、任意の化学物質の薬理作用を定量的に予測する手法を開発した。さらに、本手法を用いることで抗うつ薬の作用点であるセロトニントランスポーターを強力に阻害する化合物を見出し、動物モデルで抗うつ活性を示すことを見出した。
臨床情報や化学・生物学を含むあらゆる領域で、ビッグデータのさらなる大規模化がほぼ確実視されており、これらから意味のある知見を抽出し組み合わせていくことで、創薬・生命科学研究を加速するため研究を深化させていきたい。