名古屋市立大学大学院薬学研究科講師 池内 和忠

私たちは、D-グルコースおよびシクロペンタン環を含む構造が複雑な生物活性化合物の合成研究を行っている。その際、それら二つの部分構造の特性を生かした新規合成手法を開発し、確立した方法論を標的分子の合成に応用する、ことを大きなコンセプトに掲げている。
D-グルコースは糖鎖だけでなく、エラジタンニンや配糖体など様々な天然物に含まれている主要構造である。一般的にグルコース誘導体はエクアトリアル配向したイス形配座を好むが、その安定配座と異なる配座を持つ化合物も存在する。特に、ポリフェノールに分類されるエラジタンニンの中にグルコースの立体配座がアキシアル配向型となっているものがいくつか見られる。私たちは、グルコース3,6位ヒドロキシ基に架橋基を導入することでピラノース環の立体配座をアキシアル配向型に制御することに成功し、エラジタンニンの一つであるマロツシニンの合成に応用した。さらに、本方法論を発展させ、これまで合成不可能と考えられていたシクロデキストリン三量体の初の化学合成に成功した。
一方で、シクロペンタン環はテルペノイドを含め多くの天然物に含まれているが、そのほとんどが他の炭素環と縮環した構造を持っている。私たちは、2,2-二置換-1,3-シクロペンタンジオンの分子内非対称化を駆使してそのような多環性構造の効率的合成法をいくつか開発した。
例えば、植物毒として知られているコリアミルチンの二環性骨格を、分子内アルドール反応を利用して立体選択的に構築することに成功し、本法をコリアミルチンの合成に応用した。また、1,3-シクロペンタンジオン部位を1,4-ビスシリルエノールエーテル構造に変換し、その分子内Diels-Alder反応によって特異的な構造を持つ三環性化合物を合成した。
生物活性天然物の合成研究やその土台となる素反応の開発は、化学系薬学の発展に大きく寄与できる学問である。今後もその発展に貢献できる研究を遂行していく所存である。