ハンタウイルス感染症の集団感染が大西洋のクルーズ船で発生し、死者が発生したことで大きな注目を集めている。ハンタウイルスはげっ歯類を宿主とする感染症で、ヒトに感染すると重篤な呼吸器疾患や腎疾患を発現する。急激な呼吸困難を引き起こし、死亡率が30~50%に達するハンタウイルス肺症候群(HPS)と、発熱や出血等が見られる腎症候性出血熱(HFRS)に分類される。特効薬として確立された治療法はないという。
こうした中、厚生労働省が抗インフルエンザウイルス剤「アビガン」(一般名:ファビピラビル)」を英国に提供した。目的はハンタウイルス感染者の濃厚接触者に対する曝露後予防とされるが、非臨床試験では早期投与による有効性が示唆されているものの、ヒトでの臨床的エビデンスは存在しない。
今回のアビガン提供は、英国健康安全保障庁(UKHSA)との覚書で規定された相互協力に基づくもので、ハンタウイルス患者に接触した人の発症予防を目的に英国側から要請があり、厚労省が提供したという経緯がある。
実際、富士フイルム富山化学や米国国立アレルギー・感染症研究所等が2013年に実施した非臨床試験では、症状の発現前やウイルスが全身に広がる前の段階で早期投与開始する曝露後予防として、アビガンによる治療が最も有益と結論づけられていた。
ただ、国立健康危機管理研究機構(JIHS)の大曲貴夫危機管理・運営局感染症臨床政策部長は「動物での効果が確認され、かつ安全性データがあれば適応外使用という形で使用することになると思うが、現実にヒトに投与した場合にどんな効果を示すかは別の話」と述べている。
一方、新型コロナウイルス感染症発生時は、アビガンの有効性をめぐって政治を巻き込んだ混乱があった。前のめりで根拠のない期待が先行し、政府も正式な治験ではなく、観察研究で有効なデータが得られれば承認を認める方向へと突き進んだ。厚労省も観察研究による有効性、安全性の確認を前提に、治験成績の資料提出を不要とする通知を発出する異例の事態となった。
最終的には、アビガンの観察研究の中間解析を受け、専門家から「科学的評価は時期尚早」との考えが示されたことに加え、第III相試験で主要評価項目を達成できず、有効性は否定されたことで決着を見た。
今回、ハンタウイルスがパンデミックに発展する可能性は現時点で高くはないと考えられている。しかし、まさに小康状態にある段階こそ、限られたエビデンスのもとでどのような対応が可能かを検証し、判断の枠組みを整えておくべき時期である。
不確実性と正しい情報をいかに社会と共有するのかも含め、次の感染症危機に備えた思考と準備が改めて求められている。





















