「Cell Metabolism」の今月10日号に発表された門脇孝氏を責任著者とする「アディポネクチンは視床下部のAMPキナーゼを活性化し食欲を促進する」と題する論文は、その前日,東大において門脇氏から私たち素人にも分かりやすい解説が加えられた。
「木を見て森を見ない」という諺があるが、アディポネクチンの末梢での働きが脚光を浴びる中、なんと中枢では食欲促進の方に働いているという、驚くべき知見が示されたのである。
アディポネクチンのノックアウトマウスを使っての試験成績で、一部の研究家が既に指摘していたようだが、これをしっかりと実証したものだ。食欲調節という“森”の全体像が映し出された。
門脇氏は創薬戦略として、脳でアディポネクチンの受容体の一つであるAdipoR1のアンタゴニスト、脂肪、骨格筋でアゴニストとして作用する、好都合な物質、ラロキシフェンなど具体的な候補を示しており、今後の“橋渡し研究”の進展が注目される。
臨床研究・橋渡し研究を産学官こぞって推進していこうという機運が、ここのところ急速に高まりつつあり、喜ぶべきことではある。
6月に開かれた大学発バイオベンチャー協会のシンポジウムでは、内閣府、文部科学省、厚生労働省の担当官が登壇し、臨床研究・橋渡し研究推進の熱意を語った。産業政策は「個別産業育成型」から「環境整備型」へと、旗印が変わった。
このシンポジウムでは、再生医療の承認が間近に迫ってきていることも紹介され、新技術の市場導入においては、橋渡しの高い山を越えても、もう一つ承認という大山があることが指摘された。
そして、ここでもう一つ指摘しておきたいのは、「二つ目の山を越えてもまだ三つ目の山がありますよ」ということである。
突然白内障手術の話に転換するが、白内障手術はこの20年間で長足の進化を果たし、最終手段であった手術が,ゴルフで球が見えない、といったレベルの患者にも適用されるようになった。
しかし手軽な手術になったのではなく、高度な機器・材料と使う側の高度な技術があって初めて恩恵に浴する手術なのである。
白内障ガイドラインは今世紀に入って策定されたもので、それまで研究会レベルで地道な努力が重ねられ、今やしっかりとした教育訓練を受けた医師でないと、やってはならないという合意にたどり着きつつある。
ところが、現在の診療報酬点数では赤字になってしまうという事態に遭遇している。外科の世界では、手術の点数は時間や切開線の長さで決まるというような非科学的意見がなお存在するようだ。患者や社会的便益に立脚した評価法が考えられていない。
筑波大学の大鹿哲郎氏は6月の講演会で、白内障手術によりQOL、うつ症状、認知機能を改善する、という研究データを示した。医薬品の評価では、こうした患者の主観で測るQOLスコアが使われ始めているが、今回の発表は時宜を得たものだ。
医療経済評価の先進国である英国では、産官学の対話でも先進国であり、一つの土俵に財政側も加わっている。三つ目の山を越えるお手本は既にある。