シンガポール経済開発庁(EDB)バイオ医科学産業担当局長のべー・キアンテイク氏は、本紙のインタビューに対し、バイオ研究の拠点拡大に向け、トランスレーショナルリサーチ(TR)を推進する方針を明らかにした。アジア特有の疾患をターゲットに、発症メカニズムの解明や新薬開発を進める製薬企業に対し、EDBとして積極的に支援していく。既に今年1月には、スイスのロシュとシンガポールの公的研究機関が提携し、TRの研究施設を設立。今後、アジア戦略を進める製薬企業の一大研究開発拠点を目指し、誘致活動を加速させる計画だ。
シンガポールは2000年から、電気・電子、化学、工学に次ぐ第4の柱として、バイオ産業の育成に取り組んできた。特にアジア事業を強化する企業の研究開発・製造拠点として発展を続け、09年のバイオ医科学製造業は、国内GDPの約4%を占めるまでに成長。1万3000人を超える雇用を生み出している。現在、グローバル製薬企業など50社以上が、研究開発拠点や地域本部を設立している。
今後、EDBでは、バイオ医科学研究拠点「バイオポリス」とシンガポール国立大学、シンガポール国立大学病院を一カ所に集中したインフラを活用し、基礎研究で得られた成果を、臨床に応用するTRを推進していく。シンガポールの公的機関と製薬企業が提携することで、研究開発の生産性を高めるのが狙いだ。
ベー氏は、EDBの誘致戦略について、「欧米で開発した医薬品をそのままアジア市場に導入するビジネスモデルではなく、アジア地域で罹患率の高い疾患、アジア人の発症メカニズムに着目した新薬開発が必要になる」と、アジアに焦点を当てる姿勢を強調。「製薬企業と提携することで、アジアの臨床ニーズに合致した新薬開発を進めることができる」と説明する。
既に今年1月には、ロシュとシンガポールの公的研究機関が提携し、TRの研究施設を設立。5年間のプロジェクトとして、TRのノウハウを持つロシュと、アジア特有の疾患に専門知識を持ったシンガポールの公的研究機関から、それぞれ人材を出向させ、アジア市場向けの難治性疾患治療薬の開発に着手する。ベー氏は、「ロシュとの協業は、アジア展開を目指す製薬企業にとって、一つのモデルになる」と話す。
一方、欧米企業に比べ、シンガポール進出が遅れていた日本企業にも、変化の兆しが見え始めているという。国内トップの武田薬品が09年、シンガポールにアジア統括本部と、研究開発、臨床開発の両センターを設立。シンガポールの総合的なネットワークを活用し、アジア事業の強化に乗り出している。
ベー氏は、日系企業が欧米企業に比べ、シンガポールに投資していない理由として、「言語の問題が大きな障壁」とした上で、「シンガポールでは、国際的な人材へのアクセスが可能になるため、言語の問題をすぐに解決できる」と述べ、グローバル化を目指す日系企業の進出を呼びかけている。