遺伝子治療薬は、がんやアルツハイマー、重症下肢虚血などの治療を可能とするアンメットメディカルニーズに応える革新的な医薬品として期待されている。
現状の遺伝子治療は、遺伝子の傷を修復するのではなく、正しく働く正常な遺伝子を付け加えて疾患を治癒することを目的としたものだ。
遺伝子治療薬の開発は、1990年のADA欠損症の臨床研究スタートを皮切りに過熱した。だが、95年にNIHが出した遺伝子治療臨床研究の見直し報告(Orkin-Motulsky Report)を契機に反省期に入る。
さらに、2000年には、世界初のX-SCID(X連鎖重症複合免疫不全症)遺伝子治療の成功で活気づいたものの、02年に同治療で用いられたレトロウイルスベクターに起因する白血病の発症により一時停滞した。
その後、新たなベクターの開発や技術改良などにより、08年頃から重症免疫不全症の再評価、ALD・MLD(白質ジストロフィー)、リポ蛋白質リパーゼ欠損症、血友病B(ファイザー・スパーク
セラピューティクス)、レーバー先天性黒内障、パーキンソン病、白血病/リンパ腫(キメラ抗原受容体発現T細胞)の遺伝子治療成功が相次いで報告され、研究気運が復活した。
一方、わが国でも、これまで40件以上の遺伝子治療臨床試験が実施されているが、大半は大学などの研究者が行う臨床研究にとどまっている。その具体的な要因としては、臨床研究の結果をそのまま承認申請に向けたデータとすることが難しかったことなどが挙げられる。
だが、昨年11月の再生医療新法と改正薬事法(薬機法)の施行により、従来に比べて審査期間が大幅に縮小された。これが追い風となって、遺伝子治療薬の開発が促進している。
国内で開発中の主な遺伝子治療薬としては、アンジェスMGのHGF血管再生薬(コラテジェン)が来年の早期承認制度への申請を予定している。同剤は、足の動脈硬化の改善による潰瘍治療や疼痛改善を効能・効果とする。
さらに、ウイルスを用いた食道がんの治療薬(テロメライシン)と脳腫瘍の治療薬(G47Δ)が臨床試験段階、アルツハイマーの治療薬(AAV-ネプリライシン)が臨床試験準備段階にある。
このように、一見順調そうに見えるわが国の遺伝子治療薬開発において、どうしても脳裏を過ぎるのは、抗体医薬開発でのナイトメアだ。
日本は、世界に冠たる抗体医薬の基礎研究・製造の最先端技術を有しながら、トランスレーショナルリサーチがうまくいかず、医薬品開発は欧米に大幅な遅れを取った。
現在、医薬品が約2兆円の輸入超過に陥っているのは、抗体薬によるところが大きいと言ってもいいだろう。
遺伝子治療薬の開発については、抗体医薬での苦い経験を糧に、わが国の優れた基礎研究力がより早く産業に結びつくことを期待したい。