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がん支援センター、確かな実績作りを

2008年8月13日 (水)

 千葉県の柏市に「がん患者・家族総合支援センター」が完成した。先日、センターオープンを記念し、地元住民らが集い、癌患者と家族の支援を行っている市民団体との意見交換会も開かれた。意見交換会では「在宅医が増えるよう環境整備をすべき」「ボランティア団体の横のつながりを強化する“ボランティア連合”のようなものが必要」「3年間でできるだけ多くの人にセンターを周知し、その後も継続して活動していくことが重要」などの意見が寄せられた。

 個人的なことで恐縮だが、父親が癌で命を失ってから早10年を超えた。当時を振り返ると、急な発熱で街の中小病院に入院。初めは癌など全く疑われず、レントゲン撮影など検査を進めるうちに「癌かもしれない」と告げられた。それも“初期”といわれたが、次第に怪しくなり、痺れを切らして、ある大学病院に転院させた。父には「大きな病院の方が安心だから」と説得して。

 結局、転院まで2カ月ほどかかり、中小病院での検査データを抱え転院。ところが全く最初の入院と同様に、一から検査が始まった。「医療情報ネットワーク」の充実が望まれるところだ。ほぼ1カ月にわたる“再検査”の後、母と共に主治医に呼ばれ「余命半年」と宣告された。思考の止まった母のことを無視して、医師は専門用語ばかりを使って説明。多少知識のある私でさえ、聞き返す場面がかなりあった。

 その後は「父の同意」を得て、「腫瘍の縮小、切除」というわずかな希望に向け化学療法を開始した。203種類のレジメンが試されたと記憶しているが、途中でギブアップ。主治医は外科から内科医に替わった。最終的に「余命半年」は延長できなかった。結果的には、抗癌剤治療で父を苦しめただけだったのではないか。もっと早く転院させるべきではなかったか。その“悔い”が未だ澱のように心に残っている。

 終末期における自宅療養、といっても当時は外泊扱いであった。末期癌患者がわが家へ外泊するのであり、いまでいう「在宅医療」体制によるサポートなど、あり得るはずもなく、その情報すら提供されることはなかった。在宅医療体制の推進が叫ばれ、サポート体制も整いつつある今とは大きな違いだ。

 癌に限ったことではないかもしれないが、遺族は心に深い傷を負っている。心の内をさらけ出し、自らの悔いや悲しみ、憤りなどの思いに折り合いをつけるための時間と“場”が必要だ。

 柏市の「がん患者・家族総合支援センター」は、厚生労働省の戦略研究の一環として、3カ年計画で実施されるものだが、病院の外、地域に設置されたという同事業の意義は大きい。

 同センターは街中で一般市民向けの相談窓口として、常駐看護師によるカウンセリング、不定期だが各種専門家によるカウンセリングが行われる。対象者が遺族も含めてという点も意義深い。

 意見交換会で、在宅医が増えるような環境整備、継続的な活動が求められた。有益な事業も「金の切れ目」がリミットとなりがち。在宅医療を支援するためのインフラとして、こうしたセンターが多くの地域に設置されると共に、持続した財政支援が望まれる。そのためにも3年間のしっかりした実績作りが期待される。




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