近年、海外取引をめぐって、国税局から多額の申告漏れを指摘される企業が相次いでいる。6月には武田薬品、ソニー、三井物産、マツダなどの世界的な企業に対して、国税当局が移転価格税制に基づいて、追徴課税を指摘したニュースは記憶に新しい。
移転価格税制は1986年に、国や地域間で法人税率が異なることを企業が利用して、税率が低い国の子会社に利益を移転し、課税逃れすることを防止するために導入された。その根底には、国内の親会社から海外子会社への製品輸出時に、製品価格やライセンス料などを不当に安く設定することによって親会社の利益を圧縮し、国内親会社の税負担を軽減させるなどの行為が想定されている。
大阪国税局は、武田薬品が米国アボット社との合弁会社であるTAP社との間で、2000年3月期から05年3月期にかけての6年間、主力製品の抗潰瘍剤「ランソプラゾール」(日本販売名タケプロン)を不当に安くTAP社に譲渡し、海外に利益を移転したと主張。移転価格税制に基づき、武田薬品に対して6年間で1223億円の申告漏れを指摘、約570億円の追徴課税を行った。移転価格税制における追徴課税では、過去最高額だという。
これに対して武田薬品は、当該取引価格は米国の合弁相手が合意する必要があるため、意図的な価格操作は不可能であり、移転価格税の適用そのものが不適切であるとの見解を主張。追徴課税約570億円について、国税局に異議申し立てを行った上で、国税不服審判所に審査請求する方針を明らかにしている。同社は延滞課税防止の目的で一旦納付した上で、支払い分を長期の仮払税金として会計処理し、業績の下方修正等は行わない意向である。
大阪国税局が、「武田薬品は合弁会社の利益を意図的に膨らませ、課税逃れした」と主張しているのに対し、合弁会社のパートナー企業であるアボット社は、「武田薬品が利益を取り過ぎているため、TAP社の収益が上がらない」と取引価格をめぐって現在も訴訟を起こしている。奇しくも大阪国税局とアボットの主張は、武田薬品を挟んで真っ向から対立する構図となったが、「利害が対立する企業間で、取引価格を意図的に操作するのは不可能」とする武田薬品の言い分には説得力がある。さらに、「法人税の実効率は日米ほぼ同じ水準のため、企業が両国間で利益を移転しても、節税には結びつかない」という見解も無視できない。
その一方で、「移転価格税制は、海外の会社に利益を転移する意思があるか否かの問題ではなく、合理的な価格で取引が行われているかが焦点になる」と指摘する専門家もいる。
移転価格税制をめぐって、企業と国税局に見解の相違が生じるケースは、最近特に増加している。その最大の理由として、海外における日本企業の売上高増大と共に、技術開発などの無形資産から得られる所得を、的確に算出しにくいことが挙げられる。
各社の経理担当者が、従来通りの税務処理を行っていたとしても、ある日突然、国税当局から移転価格税制に基づく追徴税を課せられるケースは、珍しくないかもしれない。
国同士の税金の奪い合いによって起こる「二重課税」を避けるため、運用基準の明確化を求める企業側の声も高い。海外では、企業が算定価格を文書化しているところもあると聞く。
だが、無形資産が複雑に絡む医薬品業界において、国税当局と製薬企業間で適正な取引価格の算定方式を確立するのは非常に困難であり、それまでには長い期間を要するのは間違いない。
グローバル化を目指す国内の製薬企業は、武田薬品の今回の出来事を対岸の火事とせず、今後の推移を注意深く見守る必要があるだろう。