【日本薬学生連盟広報部】希少癌の闘病通じ得た気づき‐和歌山県立医科大学大学院医学薬学総合研究科 大学院生 野村洋介さんに聞く

2025年09月15日 (月)
野村洋介さん

 日本薬学生連盟広報部は、希少癌と闘いながら、薬局薬剤師や研究者として様々な分野で活躍する薬剤師、野村洋介さんにお話を伺いました。塚本有咲(大阪医科薬科大学4年生)、萩原希光(北里大学4年生)が聞き手となり、自身の経験から得た変化や伝えたい想いについて語っていただきました。[執筆:佐藤匠真(日本薬科大学4年生)]

スタッフの心遣いに安心感‐寄り添う姿勢は患者に伝わる

 ――最初に癌と診断されたときに印象に残っていることを教えてください。

 私が癌を疑われたのは、2023年8月中旬のことでした。画像検査や血液検査の結果から、小腸癌の疑いがあると告げられたのです。私がとっさに取った行動は、スマートフォンで「小腸癌 生存率」と検索することでした。目に飛び込んできたのは「5年生存率16%」という数字。その数字を見た瞬間、胸が締めつけられるように苦しくなったのを覚えています。

 当時は気が動転しており、血液検査の結果を持ってきた医師に向かって「私はこんなところで死ねないんです!」と泣き叫んでしまったことを、今も鮮明に記憶しています。

 ――今振り返って、医療者に対して言葉にはならなかったけど伝えたかったことはありますか。

 最初に入院した病院は、病棟に光が差し込まず、全体が重苦しい空気に包まれていました。個室の窓を開けても視界には塀しかなく、閉塞感に包まれるような感覚を覚えました。数日前に「癌の疑いがある」と宣告されたばかりの患者にとって、その環境は一層つらいものでした。さらに、病院のスタッフから友達口調で指示され、モノのように扱われる感覚を覚えたことも、当時の私には耐えがたいものでした。

 その後、癌の専門性が高い病院へ転院しました。そこでまず気づいたのは、病院全体の明るさと、スタッフの方々の細やかな心遣いでした。特に印象的だったのは、スタッフの皆さんが必ず自己紹介をしてくださることです。

 「本日担当させていただく○○です」と名乗られるたびに、「責任を持って対応してくれている」という安心感を得ることができました。

 また、丁寧な言葉遣いや、病室に入る際のノックといった一見当たり前の行動も、患者にとっては大きな安心感をもたらすものでした。これらは健康なときには気づきにくいことかもしれませんが、患者という立場になって初めて、その大切さを実感しました。

 ――野村さんは薬剤師と患者の両方の視点もお持ちですが「寄り添う」とはどのようなことだと思いますか。

 これはあくまで私個人の意見ですが、癌患者に対して「完全に寄り添う」ことは不可能だと思っています。けれども、完全に寄り添うことはできなくとも、その姿勢は患者に直感的に伝わるものです。

 「この人は本気で自分のことを思ってくれている」という姿勢は、患者には敏感に察知できるのだと実感しました。

 ――癌という病気を通じて、人生観や価値観に変化はありましたか。

 これは現在進行形ですが、私は日々「癌」という存在の解釈を迫られています。経過観察中である今の自分であっても、まだ完全に癌を受け入れられていないからです。

 そのような中で、平常心を保つために書籍を読んだり、自分なりの支えとなる言葉を探したりしています。特に、ある書籍に記されていた「全ては導かれている」という言葉を自分に言い聞かせることで、病気にも何らかの意味があるのではないかと受け止めようとしています。つまり、自分が癌になったことも、こうしてインタビューを受け、見知らぬ誰かの役に立てていること自体が「導かれていること」なのだと思えるのです。

 このように考えられるようになってからは、ネガティブな出来事が起きても「これは自分に何かを教えようとしているのだな…」と受け止められるようにしています。そして同時に、この年齢にしてなお人としての未熟さを実感しています。

薬局は悩み話しやすい場所‐治療のプロセスに関与を

 ――薬剤師としては患者さんとの関わり方で変化はありましたか。

 薬剤師としての患者さんとの関わり方は、大きく変わらなかったと思います。私はこれまで、糖尿病患者さんの支援に関する研修、コミュニケーションの研究を行ってきました。その中で学び、大切にしてきたのは、「患者さんは病気と共に生きる力を持っている」という考え方です。この姿勢は今も変わっていません。癌の患者さんもまた、癌と共に生き抜く力を持っていると感じています。

 それは、自分自身がそうであるのと同じで、最終的には「自分で解決するしかない」という部分があるからです。もちろん、薬物治療や手術は自分の力ではどうにもなりません。しかし、それをどのように理解し、受け止めていくかは患者さん自身が決めていくことです。そのため、私の接し方はこれまでと大きく変わらないのではないか…と思っています。

 ――(薬局薬剤師は)癌の患者さんに対し、どのような対応をすることが望まれますか。

 癌患者さんに薬物治療を行う際、例えば複数の治療法が提示された場合、最終的に選択するのは患者さん自身です。その選択に至るまでの対話は医師の役割ですが、薬剤師も患者さんの生活や価値観を踏まえながら、そのプロセスに関わり、架け橋となることが望まれます。なぜなら、薬局は患者さんにとって悩みを相談しやすく、心理的ハードルが低い場だからです。

 実際、患者さんは病院では話しづらいことを抱えている場合があります。例えば、生活習慣や日常の困りごとについても、病院では相談しにくいと感じることが少なくありません。しかし、薬局は病院とは独立した存在であり、患者さんが打ち明けやすい場となり得ます。同じ内容であっても、場所が変わることで患者さんの心境は大きく異なります。薬局の薬剤師は、そうした点を踏まえてフォローする役割を担うべきだと思います。

 さらに、癌医療においては、薬物治療だけでなく、生活や療養上の工夫、あるいは医師が用いる専門的な単語への理解など、幅広い課題があります。患者さんは病院で「知ったふりをしておいた方が良いのでは」と考え、質問できずにいることもあります。そうした部分を薬局の薬剤師が補うことは、患者さんの支援になるのではないでしょうか。

 病院と薬局がそれぞれ異なる役割を果たすことで、患者さんにとって大きなメリットが生まれるのだと考えています。

患者ファーストの視点が大事‐薬剤師の未来示す存在必要

 ――薬学生に伝えたいことはありますか。

 私はこれまで「最終的に患者さんのためになることをしたい」という思いを変わらず持ち続けてきました。時には患者さんからクレームや叱責を受けることもありましたが、振り返れば成長させてくれたのは患者さんだったと思います。様々な出来事を経て、今の私があります。その経験の一つひとつが、私を成長させてくれました。

 そうした中で、一貫して「患者さんのためになること」を実践してきたつもりです。薬学生に伝えたいのは、「薬剤師とはプロの職業である」ということです。根底には、患者さんに向き合い、責任を持って行動するマインドが必要だと考えています。

 では、そのマインドはどのように培われるのか。それは勉強だけではなく、様々な経験を積むことだと思います。遊びを含めた多様な人との関わりの中で学びの機会があり、そこに成長のきっかけが隠れているのです。だからこそ、「勉強さえできればいい」というものではなく、幅広い経験を通じて自分を磨くことが大切だと伝えたいです。

 ――これからの薬剤師はどうあるべきだと思いますか。

 薬剤師は「企業や組織に言われたから仕方なくやる」のではなく、「患者さんがこう求めているから薬剤師としてこうしたい」という姿勢であるべきだと思います。つまり、常に患者ファーストであり、その視点を持って医療者として行動することが重要ではないでしょうか。

 一方で、現場では「加算を取るためにこうした方が良い」といった会社の方針が優先されることがあります。しかし本来、加算は患者さんのために行ったことの結果としてついてくるものであり、逆転してしまっては患者ファーストではなくなります。それは大きな問題であり、専門職としてのあり方から逸れてしまうものです。

 だからこそ、専門職としての誇りを持ち、患者さんのために行動する薬剤師であり続けてほしいと思っています。

 ――今の薬局業界に必要なことはありますか。

 この業界において必要なのは、未来を示すリーダーの存在だと感じます。薬剤師が自らの専門性を発揮し、社会からより一層信頼されるためには、「こんな薬剤師になりたい」と思えるロールモデルが増えることがとても大切です。そのような存在がいることで、若手薬剤師や薬学生も進むべき道を描きやすくなり、業界全体の成長につながると考えています。また、薬剤師同士がお互いの強みを尊重し合える環境づくりも重要です。

 医師の世界では「この分野ならあの先生に相談しよう、紹介しよう」といった文化がありますが、薬剤師においても「この領域ならあの薬剤師に聞いてみよう」と自然に言えるような関係性が広がれば、知識や経験を共有し合い、お互いを高めていけるのではないでしょうか。薬剤師はそれぞれ異なるバックグラウンドや得意分野を持っています。その多様性を生かして尊重し合えることで、患者さんにとってより質の高い医療を提供できると良いと思っています。



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