【ヒト・シゴト・ライフスタイル】精神疾患患者、在宅訪問で支える‐対話重視でこまめなケア カンエ薬局 松本朋子さん

2025年09月15日 (月)
松本朋子さん

 薬剤師の松本朋子さんは大阪市内で在宅訪問特化型の「カンエ薬局」を2店舗運営し、主に精神疾患を抱える地域の患者を支えている。医薬品を過剰摂取する恐れのある患者もいるため、医薬品の提供を必要最低限に抑えるなどのこまめなケアを心がける。患者との対話を重視し、日常生活や人間関係などの話も聞きながら患者の状態を把握して個別に対応する。薬剤師が自分のライフスタイルに応じて働くことのできる職場環境の構築にも尽力。独立を目指す薬剤師に知見を伝えて、一人ひとりの薬剤師がやりがいを持って働くことで患者やその家族の助けになっていく、そんな輪を全国へ広げる構えだ。

現場の実情知り、薬局立ち上げ‐薬剤師が働きやすい環境構築

 2019年に開設した1店舗目のカンエ薬局(大阪市淀川区)では現在100人ほどの患者に対して在宅訪問業務を行っている。松本さんと非常勤6人の薬剤師で分担し、患者の自宅やグループホームを訪問。医薬品の提供や服薬指導を実施している。

 患者の約8割が統合失調症などの精神疾患を有し、単身で暮らす患者も少なくない。松本さんは「医薬品を過剰摂取する恐れのある患者さんもいるため、1週間ずつに分けて提供するなど、こまめなケアを心がけている」と話す。

 業務において、松本さんは患者とのコミュニケーションを特に重視している。「医薬品のことだけでなく、日常生活や人間関係について患者さんとお話しするようにしている」。一般的に在宅訪問では薬剤師が薬の配達員扱いされ、なかなか家に入れてもらえないといったケースもあるが、松本さんの場合は「相談が止まらず1時間以上患者さんの自宅にいたこともある」くらいだ。

 医薬品情報の伝え方にも気をつけている。精神疾患の患者では副作用情報を伝えると過度に恐れて服用しなくなる可能性があるため、必要に応じて説明するといった工夫を凝らしている。

 看護師など多職種とも積極的に連携する。約束の時間に訪問しても泥酔して眠っているアルコール依存症の患者や、衛生面で苦労する患者がいるほか、女性が単身で男性患者宅へ訪問する場合には安全面で不安を覚えることもある。看護師らと積極的に情報を共有して状況を把握しつつ、可能な範囲で同行しているという。

 松本さんがカンエ薬局を立ち上げたのは、薬局勤務時に精神に障害のある患者を担当した経験がきっかけ。薬局へは患者本人ではなく両親や姉などの家族が処方箋を持って訪問していたが、普段はお互い忙しくてなかなか会話する時間を設けることはできなかった。ある時、時間をかけて家族と会話し、不穏時に使用する頓服薬の状況をたずねたところ、患者がうまくストレスを発散できない時には睡眠中に自らの顔を殴り続け、翌朝には顔を膨れ上がらせているということだった。

 その話を聞いて、松本さんは「想像とかなり違っていたので驚いた。薬局にいるだけでは、現場で起きていることが見えないことを思い知らされた」と語る。

 当時、松本さんは薬局で高齢者向けの在宅訪問業務を手がけていた。「高齢者には国が多くの支援を行っており、在宅訪問を行う薬局も多い。一方、精神疾患等の障害のある患者向けの在宅訪問はそれほど認知されておらず、サービスを利用できることを知らない患者さんやご家族も多く、支えになりたいと思った」と振り返る。

 カンエ薬局の運営に当たって、薬剤師が働きやすい職場環境の構築にも力を入れている。「薬剤師の働く環境はどんどん過酷になっている。薬剤師の6割以上が女性であることを考えると、働き方改革が必要」と指摘する。

 カンエ薬局が在宅訪問業務に特化するのは、そういった狙いもある。在宅訪問は予約制で、調剤業務などを含めてスケジュールを組みやすい。実際、子育て中の主婦や、別の薬局で正社員を務める薬剤師がカンエ薬局で働いており、「自分の生活スタイルやキャリアプランに応じて働くことができる」

患者・家族向けにお薬教室開催‐薬剤師の独立支援も構想

患者や家族向けの「お薬教室」を定期的に実施している

患者や家族向けの「お薬教室」を定期的に実施している

 松本さんが薬剤師を目指したきっかけは、看護師である母の言葉がきっかけだった。「医療系は手に職がつくからいいよ」とアドバイスを受けた松本さんは、「血が苦手」ということもあって薬学部を志望した。1998年に徳島大学を卒業後、オーストラリアのワーキングホリデーを経て京都のドラッグストアに就職し、主に販売業務を担当。調剤も積極的に行いたいと考えて薬局へ転職した。

 前職では薬剤師の仕事をしながら10年ほど取締役も担当した。「自分は社長の思いついたことを形にしたり、継続させたりすることが向いている」と思ったが、患者の家族から直接相談を受けていたことなどから、「自分で思う通りにやってみたい」と考えて起業を決意した。

 2018年に独立し、薬局薬剤師向けのメンタルヘルスケアから開始した。16年から大阪大学大学院薬学研究科に入学して臨床心理を学んでおり、看護師などの医療従事者は様々な悩みを抱えていることが多いという話を聞いて、「薬局の薬剤師にもメンタルヘルスケアが必要だと思った」

 関わった薬局では、新人薬剤師の教育カリキュラムに松本さんのメンタルヘルスケアが組み込まれた。実施前には72%と高かった入社3年後の離職率は、実施後には27%まで下がったという。

 19年に大阪市淀川区でカンエ薬局を開設。祖父の実家が勘右衛門(かんえもん)という名を受け継いでおり、「日本のお節介文化のように、古き良き物を受け継ぐことも大事だと思って名前を借りた。患者さんに寄り添って、ここに相談すれば助かると思ってもらえる薬局にしたい」と話す。

 研究会等で関係を構築してきた薬剤師仲間から相談や紹介を受けて、患者数は日増しに増えていった。24年には大阪市住吉区に長居公園前店を開設した。新型コロナウイルスの感染拡大や医薬品供給不足など大変なことも多かったが、「多くの人の支えもあって何とか乗り切ることができた」

21年に「大阪トップランナー育成事業」に認定された

21年に「大阪トップランナー育成事業」に認定された

 取り組みが評価されて21年には、大阪市が中小企業を支援する「大阪トップランナー育成事業」に認定された。患者や家族向けの「お薬教室」も定期的に実施。国内外の学会にも積極的に参加している。

 今後は独立を考える薬剤師向けに、松本さんが培ってきた知見を伝えたい考え。「自分でやり方を決めて、自分の責任で仕事をするのはとても魅力的。薬剤師が薬局を立ち上げて、自分のできる範囲で業務を遂行する。その輪を全国に広げて、困っている患者さんの助けになりたい」と語る。

 薬学生へのエールとして、松本さんは「やりたいことはした方がいい」と断言する。松本さんは英語が好きで、大学卒業後には周りの反対を押し切ってワーキングホリデーで海外へ行った。薬剤師業務では英語を活用する場面は少なかったが、大学院で学ぶ時に英語力が生きたという。「薬剤師になっても、他のところで働いたとしても、経験したことはいずれ生きてくる」という。

 学生時代は薬剤師という仕事にそれほど興味がなかった松本さん。薬剤師になってからも、自分には向いていないと感じた時期があった。今は「本来はお金をもらった側がありがとうと言うけれど、薬剤師はお金をもらってさらにありがとうと言ってもらえる仕事。とてもやりがいを感じている」と笑顔を浮かべる。



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