順天堂大学は2日、同大放射線医学の和田昭彦准教授らの研究グループが、患者プライバシーを保護しながら、クラウド型AIに匹敵する高性能な診療支援AIシステムの開発に成功したと発表した。放射線科医が日々対応している臨床医からの造影剤に関する問い合わせ対応業務を支援するため、検索拡張生成(RAG)技術を用いたローカル展開可能な大規模言語モデル(LLM)を開発し、従来8%あった不正確な応答生成(ハルシネーション)を除去(0%)することを実証した。
放射線科では、造影剤使用の適応判断で、専門知識を要する複雑な判断が求められる。クラウド型の大規模言語モデルはこの分野でも高い性能を示すが、患者の個人情報をインターネット経由で外部サーバーに送信するなど、医療現場ではプライバシー上の懸念がある。一方、院内で使用可能なローカル型AIは患者情報を外部に送信しない利点はあるが、医療分野の学習データ不足で性能が不十分とされてきた。
同研究グループは今回、この「AI性能」と「プライバイシー保護」のジレンマを解決するため、RAG技術に着目し、医療現場で実用可能なプライバイシー保護型高性能AIシステムの開発に取り組んだ。
まず、実際の医療現場での造影剤相談の模擬シナリオを100問作成し、応答内容の正確さについてクラウド型AIとローカル型AI、およびこれにRSG技術を導入したRAG強化ローカル型AIを比較評価した。
その結果、RAG強化ローカル型AIの医療支援への導入に向けて三つの重要な成果が得られた。第一は、ローカル型AIで問題となるハルシネーションについて、ベースラインモデルでの8%からRAG導入後は0%と完全除去を達成し、医療安全性の大幅向上を実証した。
第二は、RAG強化によりローカル型AIの応答内容の正確性が改善し、RAG強化ローカル型AIは高性能クラウド型AIに近い応答内容を生成できるようになった。放射線科医と、三つのLLM審査委員によるスコア形式の採点では、高性能クラウド型AIには及ばないものの、獲得ポイント差を大幅に縮めることに成功した。
第三に応答速度において、RAG強化によりローカル型AIの応答時間を延長させたが、応答速度(2.6秒)は依然としてクラウド型AI(4.9~7.3秒)を上回っていた。
ローカル型AIは、患者データの外部送信を一切行わず、院内システムでの完結した運用が可能で、プライバシーを保護しながら高速で高性能な診療支援AIの開発が実現した。RAG技術によって、ローカル型AIが外部の専門知識データベースを参照することで、医療分野特有の複雑な判断に必要な情報を適切に活用できるようになり、「高性能」と「プライバシー保護」の両立が実現した。
RAG技術を活用したローカル展開可能なAIシステムは、造影剤相談以外の医療業務にも応用でき、医師の業務負担軽減と医療の質向上に貢献することが期待される。さらに、RAG技術の特性により、ローカル型AIの外部知識に最新情報や各医療機関に固有のルールを取り込むことで、最新医療の情報や技術の発達に対応できる応答内容・性能を持続的に改善させることも可能となる。これにより、医療ガイドラインの更新や施設固有のプロトコルにも柔軟に対応できる、進化し続けるAI支援システムの実現が期待される。
同研究グループは今後、より大規模な臨床評価や他の医療分野への適応拡大を進める予定にしている。また、医療機関での実装に向けたシステム最適化や、医師との協働によるAI支援ワークフローの確立を目指していく。
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