要点まとめ(3行)
- 箱出し調剤とは、製薬メーカーから供給された医薬品の包装箱をそのまま患者に交付する調剤方法です。
- 欧州で主流のこの方式は、調剤時間の短縮や偽造医薬品防止に効果がある一方、日本特有の課題も存在します。
- 対物業務の効率化によって薬剤師が対人業務に注力できるようになり、薬剤師の職能転換を促進する可能性があります。
目次
1. 箱出し調剤の基本概念と現状
「箱出し調剤」とは、製薬メーカーから供給された医薬品の包装箱をそのまま患者さんに交付する調剤方法です。欧州を中心に広く普及しているこの方法は、「ボックス・ディスペンシング(Box-Dispensing)」とも呼ばれています。
現在、日本では主に「計数調剤」が行われています。これは、PTP(Press Through Pack/錠剤をつぶさずに押し出して取り出せる包装)シートから処方日数に合わせた数量を数えて患者さんに交付する方法です。例えば、14日分の薬が処方されたら、14錠を切り離して薬袋に入れるという流れです。
箱出し調剤では、この「数える」工程が不要になり、医薬品の箱をそのまま渡します。
2025年9月現在、箱出し調剤は厚労省の調査研究で有効性・安全性を検討中であり、薬剤師の働き方改革や業務効率化の観点から、今後の可能性に注目が集まっています。
2. 日本と海外の調剤方式の違い
世界の調剤方法は、大きく分けて3つのタイプがあります。
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箱出し調剤(Box-Dispensing)
- 主に欧州(イギリス、ドイツなど)で採用
- 医薬品の包装箱をそのまま患者に渡す
- 箱には患者向け説明書が同梱されている
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ボトル調剤(Bottle-Dispensing)
- 主にアメリカで採用
- 大容量のボトルから処方量に応じて錠剤を取り出し、専用容器に詰め替える
- 薬局専用のラベルを貼付して患者に渡す
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計数調剤(Counting-Dispensing)
- 日本や韓国で採用
- PTPシートから処方日数分を切り離して薬袋に入れる
- 薬剤師による一包化調剤も行われる
なぜ日本では計数調剤が主流になったのでしょうか?これには歴史的背景があると言われています。明治時代にドイツの医療制度を導入した際、国内の薬剤師数が極めて少なかったため、医師が直接医薬品を交付する「医薬未分業」が特例として認められました。この慣習が長く続いたことで、医師の診療所では患者ごとに日数分の薬を準備する方法が定着し、その後の薬局でもこの方式が踏襲されたとされています。このほか、薬価基準や包装仕様の影響もあるとされています。
一方、欧州では早くから医薬分業が進み、製薬企業が治療期間に応じた包装単位(例:ドイツのN1、N2、N3など)を製造することが一般的になりました。この違いが、現在の調剤様式の違いに繋がっています。
3. 欧米の事例から学ぶ
欧州(ドイツ・イギリス)の事例
欧州の箱出し調剤は、単なる調剤方法ではなく、医療全体のエコシステムとして機能しています:
○ドイツの事例:
- 処方量が「N1(短期用)」「N2(中期用)」「N3(長期用)」といった標準化された包装単位で規格化
- 医師は箱単位で処方し、薬局は該当の箱を出すだけで調剤が完了
- 多くの薬局では待合室を持たず効率的に運営している例もある
○イギリスの変遷:
- かつては日本と同様に計数調剤が主流だったが、2000年頃から箱出し調剤に移行
- 調剤の効率化が医療サービス全体の質向上に寄与するという認識が広まった結果
- 医師の処方様式、製薬企業の包装、薬局の調剤方法が一体となって変革された好例
米国の薬剤師モデル
アメリカの事例からは、効率化された調剤システムと薬剤師の職能拡大が連動していることが見て取れます。
- アメリカの薬剤師は日本と比較して社会的地位が高く、平均年収も高い傾向にある
- 「プロトコール型処方権」や「リフィル処方箋」など、より広い権限を持っている
- 単純な調剤業務は「テクニシャン」が担当し、薬剤師はより専門性の高い対人業務に集中
箱出し調剤の導入は、日本の薬剤師が米国型のような専門性の高い業務に集中するための一歩となる可能性があります。調剤の効率化によって生まれた時間を、より高度な患者ケアに充てることができれば、薬剤師の社会的価値と地位向上につながるでしょう。
4. 箱出し調剤のメリットとデメリット
ここで箱出し調剤のメリットとデメリットをまとめます。
患者さんにとってのメリット・デメリット
メリット:
- 待ち時間の短縮: 調剤時間が短くなるため、薬局での待ち時間が減少します
- 品質保証: 未開封のため、製薬メーカーの品質管理がそのまま保証されます
- 偽造医薬品リスク低減: 外箱のバーコード(GS1コード/バーコード規格)でトレーサビリティが確保されます
- 製品情報の充実: 電子化されGS1コードで情報が案内され、医薬品情報を確認しやすくなります
デメリット:
- かさばる: 複数の薬を処方されている場合、持ち帰りや保管が不便になることがあります
- ゴミの増加: 個装箱が増えるため、家庭ゴミが増加する可能性があります
- 服薬管理の複雑化: 一部の患者さん(特に高齢者)にとって、箱からの取り出しや管理が難しい場合があります
薬剤師・薬局にとってのメリット・デメリット
メリット:
- 業務効率化: 調剤時間の大幅短縮により、他の業務に時間を割けるようになります
- 調剤過誤の減少: 計数ミスがなくなるため、調剤過誤のリスクが低減します
- 在庫管理の簡便化: 箱単位での管理により、在庫の把握と管理が容易になります
- 対人業務への注力: 効率化で患者指導により多く時間を割けるようになり、服薬指導や在宅医療など対人業務を充実させることができます
デメリット:
- 保管スペースの課題: 個装箱は計数調剤より多くのスペースを必要とします
- 処方日数と包装単位の不一致: 処方日数が包装単位と合わない場合の対応が必要になります
- 設備投資: 自動調剤機器や在庫管理システムへの新たな投資が必要になる場合があります
「箱出し調剤で薬剤師の仕事が減るのでは?」という懸念もありますが、実際には対物業務から対人業務へのシフトを促進するきっかけになります。効率化によって生まれた時間を、より専門性の高い服薬指導や患者さんの健康サポートに充てることで、薬剤師本来の価値を高められるのです。
その他、製薬側からは「包装単位の見直しにコストがかかる」、医師からは「処方日数の自由度が低下する」との意見もあります。
5. 日本における課題と解決策
日本特有の規制と慣習
箱出し調剤の普及には、日本独自の規制や慣習が障壁となっています。
例えば:
医薬品の調剤済み表示:薬機法では、調剤済みの医薬品に対して「外観から調剤済みであることがわかるような措置」を講じる必要があります。このため、単に箱をそのまま渡すだけでは規制要件を満たさない可能性があります。
処方日数の柔軟性:日本の医師は、患者の状態に応じて細かく処方日数を調整する傾向があり、これが製薬会社の包装単位とずれる原因になっています。
薬局の設備基準:現行の薬局設備基準(調剤室の広さや明るさなど)や薬剤師の配置基準(処方箋40枚あたり1人以上)も、新しい業務モデルに合わせた見直しが必要かもしれません。
解決策の方向性
これらの課題に対して、以下のような解決策が考えられます:
段階的導入: すべての医薬品を一気に箱出し調剤に変更するのではなく、まずは慢性疾患薬など安定した処方のものから始める方法が現実的です。
リフィル処方箋との連携: 2022年から導入されたリフィル処方箋(同じ処方箋で繰り返し調剤を受けられる制度)と箱出し調剤を組み合わせることで、慢性疾患の長期処方に対応できるとの専門家の意見もあります。
製薬企業の包装規格見直し: 処方日数と包装単位を一致させるため、製薬企業に対して14日分、28日分などの規格化された包装の導入を促すことも重要です。製薬団体からは投与日数に即した包装配慮の要請が出ています。
規制の柔軟な運用: 既存の設備基準(調剤室面積、薬剤師人数等)についても、新たな運用形態に合わせた検討が今後必要とされる可能性があります。
6. テクノロジーとの連携
箱出し調剤の普及には、最新テクノロジーとの連携が不可欠です。現在、薬局DXとして注目されている技術には以下のようなものがあります:
調剤ロボットとオートメーション
調剤ロボットは、箱出し調剤との相性が非常に良いとされています。
これらのロボットは:
- 入庫処理の自動化(バーコードスキャンによる医薬品の識別と保管)
- ピッキングの自動化(処方データに基づく医薬品の自動取り出し)
- 在庫管理の効率化(リアルタイムでの在庫状況の把握)
といった機能があり、国内でも導入事例が増えています。
AI技術による業務支援
AI技術も箱出し調剤を支える重要な要素です:
- AI-OCR: 処方箋の自動読み取りにより、入力作業を効率化
- AI画像認識: 調剤鑑査システムによる安全性の確保
- 生成AI: 服薬指導や薬歴作成の支援
これらのテクノロジーは、箱出し調剤の課題(例:中身が見えないことへの不安)を補完する役割が期待されています。
7. 箱出し調剤の今後
薬局経営の未来像
箱出し調剤は単なる業務効率化ではなく、薬局経営の在り方そのものを変える可能性を秘めています:
時間の再配分: 対物業務から解放された時間を、在宅医療支援や健康相談、多職種連携などの高付加価値サービスに振り向けることができます。
専門性の向上: 特定の疾患領域に特化した専門薬局や、健康サポート機能を強化した地域の健康ステーションなど、新しい薬局モデルの展開が期待されます。
収益構造の変化: 従来の調剤報酬中心から、服薬管理や健康維持・予防に関わるサービスへと収益源を多様化させることが可能になります。
現在、検討会報告書や学会の提言で方向性が示されています。
医療の未来と患者メリット
最終的に目指すべきは、患者さんにとっての価値向上です:
- 待ち時間の短縮により、特に通院が困難な高齢者や働き盛りの方々の負担軽減
- 薬剤師の専門知識を活かした丁寧な服薬指導や健康相談の充実
- 多職種連携による切れ目のない医療サービスの提供
- 医薬品の安全性向上と偽造医薬品リスクの低減
まとめ
箱出し調剤は、単なる調剤方法の変更ではなく、日本の医療が「対物中心」から「対人中心」へと移行するための重要な試金石と言えるでしょう。欧米の事例が示すように、調剤の効率化は医療サービス全体の質向上につながる可能性を秘めています。
現在の日本には、法規制や慣習、包装規格の不一致など様々な課題がありますが、デジタル技術の進化と各関係者の協力があれば、これらの障壁は段階的に解消できるはずです。
若手薬剤師の皆さんにとって、この変革は「対物業務」から解放され、本来の専門性を発揮できる大きなチャンスとなるでしょう。箱出し調剤の本質は、薬剤師が「薬を扱うプロ」から「薬の専門知識で患者さんを支えるプロ」へと進化するための基盤づくりなのです。















