東北大学の佐藤雄介准教授らの研究グループは、名古屋大学などと共同で、脂質膜を持つウイルス(エンベロープウイルス)の粒子構造に選択的に結合する蛍光プローブを開発した。ウイルス粒子を直接検出することで、ウイルスの感染力を簡便かつ迅速な評価が可能となる。また、ウイルス検体の感染力評価技術として感染症拡大対策にも応用できる。
新型コロナウイルスを含め、ここ10年ほどの間に世界的に大流行したウイルス感染症のほとんどは、エンベロープウイルスによるものだという。ウイルス感染症拡大抑制対策にはウイルス解析技術が必要不可欠であり、一般にはウイルス粒子内に含まれる蛋白質を計測する抗体法ならびにゲノムを計測するPCR法が用いられている。一方、これらはいずれもウイルス粒子構造を破壊後に解析する手法のため、そのままではウイルス粒子の機能(例えば感染力など)を評価することは困難だ。
今回の共同研究では、直径120nm程度のヒト風邪コロナウイルス229E(HCo-229Eウイルス)粒子が細胞外小胞同様に高曲率性脂質膜を有していることから、その表面には脂質パッキング欠損構造が生じると考え、HCoV-229Eに対して優れた結合能を有する、両親媒性αヘリックスhペプチド(AHペプチド)を探索した。
その結果、インフルエンザウイルスのM2蛋白質にあるAHペプチド(M2ペプチド)が有用であることを見出し、M2ペプチドのN末端に疎水場応答性蛍光色素であるナイルレッド(NR)を連結したプローブM2-NRを設計・合成した。M2-NRはウイルス粒子の脂質膜に結合して蛍光応答を示すため、ウイルス由来RNAや蛋白質には応答せず、HCoV-229Eウイルス粒子選択性を持つ。
M2-NRはHCoV229Eウイルス粒子に応答するため、ウイルス感染評価に有用となる。一般にウイルス感染力価(タイター)は感染による細胞変性効果(CPE)の観察で算出されるが、操作が煩雑で解析には通常1週間以上かかる。異なる感染力を持つ5種類のHCoV229Eサンプルを調製し、M2-NRの蛍光応答に基づく検量線から算出されたタイターは、細胞変性法で決定したタイターと非常に高い相関を示した。
M2-NRを検出プローブをして用いる今回の手法は、ウイルス粒子を直接計測することにも基づいているため、サンプルと混ぜて蛍光解析する糖簡単な操作で迅速に(5分程度)感染力評価が可能となる。また、M2-NRはCHoV-229E以外にもA型インフルエンザウイルス、単純ヘルペスウイルスなど様々なエンベロープウイルスの感染力評価にそのまま適用できることを実証した。さらに、CPEが不明なエンベロープウイルスであるレンチウイルスの感染力評価も可能となっている。
異なるエンベロープウイルスが混在するサンプルへの適用や感染細胞から放出されうる細胞外小胞の影響など課題はあるが、今回開発されたウイルス粒子の脂質膜を標的とした分子プローブは、ウイルス粒子の構造・機能解析などの基礎研究に加え、ウイルス感染症の診断・予防・治療は度への応用が期待される。研究グループは今後、この技術を応用することで生体試料に含まれるウイルス感染力をその場で簡便かつ迅速に評価し、感染者の隔離期間の決定など感染症対策に有用な分析技術に展開することを目指していく。