
「未来への架け橋-伝統と革新の融合」をメインテーマに掲げ、日本医療機器学会大会が6月12日から14日までの3日間にわたり、パシフィコ横浜の会議センターと展示ホールで開催される。第100回を数える今大会では、100年の積み重ねを振り返りつつ、未来を展望するような視点でプログラムが編成されたという。大会長を務める加藤伸彦氏(北海道情報大学医療情報学部准教授)に大会の見どころなどを聞いた。
温故知新の精神で企画‐まずは先人の努力に敬意を
――日本医療機器学会は発足から100年余りが経過し、大会も今回が第100回という節目に当たります。加藤先生はそのエポックとなる大会の責任者をお引き受けになられましたが、開催に向けての意気込みをお話いただけますか。
加藤 私は日本医療機器学会の理事を拝命しており、2年前の理事会で第100回大会長に指名されました。これまで大会長は、学会理事の医師や企業の経営者が選任されていましたが、100回という節目の大会なので、これ以外の職種の人にするのも良いのではないかという高階雅紀理事長の推薦もあり、私が選ばれた次第です。
今だから申し上げますけれど、余りに重責なので正直なところ、できればお断りしたかったのですが、他の理事の先生方からも強く推されたものですから、お引き受けし準備を進めてまいりました。
――臨床工学の専門家である加藤先生が大会長をされることで、医師とは違う視点も出てくるように思いますが、どのような点に重きを置いて、プログラムを組まれたのでしょうか。
加藤 いま医療現場で使用されている医療機器は、先人たちが研究開発へ真摯に取り組み、積み重ねてきた成果の上に、製造・販売そして医療現場での使用が行われているものです。本学会についても同じことで、100年間に及ぶ諸先輩方の努力があって今日に至っているわけです。そこが基本であり、まずは先人の業績にしっかり目を向けることが大切だと思っています。
現在は、AIに代表されるような新しい技術が次々に登場し、当たり前のように誰もが使用できる時代です。たまたま技術の進化が今の時代にあるだけであって、何もない時代、創意工夫しながら時代を支えた先人たちに敬意を表することや感謝する気持ちといったことが忘れられているような気がしてなりません。ですから、本学会が100年の歴史を持っているのは、先人たちが努力した結果だという点を、私は強調しておきたいのです。そこを踏まえた上で、私たちは今後何をなすべきかという視点に立って、今回のプログラムを編成したつもりです。
――過去を振り返るような企画も取り入れられたのですか。
加藤 はい、そのようなプログラムもあります。例えば併設展示会の「メディカルショージャパン」では、過去に使用された歴史的な医科器械の展示なども予定しています。この中では、医療機器のみならず鋼製小物や医療機器が多数展示されます。
学会本体の方では、各分野の先生方による特別講演も企画しています。もち論、AIなど最先端の演題も入れておりますが、私自身はどちらかというと、先人たちの努力を分かってほしいという思いが強いですね。
――ローマは1日にして成らずという例えもありますが、やはり日々の積み重ねが大事だと言うことですね。
加藤 その通りです。今では医療機器も発展を遂げ、素晴らしい性能の製品が数多く世に出ています。しかし、それも試行錯誤を重ねてきた結果であるという点を強調したいと考えました。
――それ以外で来場者の関心が高いと思われる講演やシンポジウムなどを、2~3ご紹介いただけますか。
加藤 特別講演では2024年イグノーベル生理学賞を受賞されました東京科学大学総合研究院・武部貴則教授に「器官機能再建への展望?オルガノイドと腸呼吸」についてのご講演をいただく予定です。また、「日本発の医療機器開発の過去と現状と未来」というテーマでシンポジウムが企画されており、日本発の医療機器開発の活性化に向け、各分野のシンポジストとの活発な議論が期待されています。さらにラウンドテーブルディスカッションとして本学会が準備を進めているすべての医療職や医療関係者の教科書を目指す医療機器学(仮称)の編纂についても予定されており、各方面の関係者の皆様のご意見をお願いするところであります。
このほか、教育講演6、特別講演2、シンポジウム12、パネルディスカッション6、一般演題等、多彩な企画が予定されております。
日本発の機器を世界に‐課題はマーケティングの遅れ

パシフィコ横浜会議センター
――話は変わりますが、最近の医療機器のトピックとしては、ご指摘になったAIなどが挙げられるかと思いますが、いま行われている医療機器の研究開発で、先生が特に注目されておられるのはどのような点でしょうか。
加藤 何よりも日本からの発信ですね、日本で開発した医療機器を海外に向かって発信するということです。先ほど話したメディカルショージャパンでも、国内で医療機器開発を手がけている福島県や北海道の取り組みを紹介する予定にしています。
例えばロボット支援手術の分野でいえば、これまで米国のインテュイティブ・サージカル社が開発した「Da Vinci」(ダビンチ)という支援ロボットが、世界市場を独占してきました。それに対し「hinotori」(ヒノトリ)という国産手術支援ロボットが、既に臨床で使用されています。開発したのはメディカロイドという川崎重工とシスメックスの共同出資会社です。
――ダビンチに競合し得る製品ですか。
加藤 臨床使用がスタートしたのは一昨年でしたので、医療現場への浸透や普及という側面では、残念ながらまだこれからという部分があります。ただ、日本はロボット大国で、工業用ロボットの分野では、実に世界の6割を日本の技術が占めています。世界トップクラスのシェアを誇る産業用ロボットメーカーや企業も多くあります。ですから私は将来的には手術支援ロボットの分野でも、日本の製品が世界を凌駕する時代が来るだろうと信じています。
――ロボット以外の医療機器でも、外国と勝負できる分野がたくさんあるのではないですか。
加藤 カテーテル治療の分野などでは、世界的にもの凄く高い評価を得ているものがあります。しかし、そういう製品はごく一部に過ぎず、医療機器や材料といった分野全体で見ると数は極めて少ない現状があります。
――日本の技術が立ち後れているということですか。
加藤 そうではありません。私は日本人の発想とか繊細な技術は、世界に誇れるものだろうと思っていますから、世界的に評価されるような技術が、本当はもっとたくさんあるはずです。ただ、アイディアがあっても、それを商品化し、ユーザーや関係企業に紹介し、商業ベースに乗せるというプロセスが上手に機能していないために、新しい医療機器開発に結び着く素晴らしいアイディアが埋もれてしまっているのではないかという気がしています。
世界市場でNo.1の売上げを誇る医療機器メーカーの米国メドトロニック社は、医療機器の開発などを一切手がけておりません。ベンチャー企業がつくり上げた技術を買って製品化し、販売するという経営手法であれだけの規模に成長したのです。日本の医療機器産業界はそのような仕組みになっていませんから、どこかの会社が優れた製品を開発しても、うまく市場にアクセスすることができていないのです。
医療機器に関して日本のマーケティングは、諸外国と比較すると立ち後れていると言わざるを得ません。世界に誇れる日本の技術を商業ベースに載せていくこと、それができなければ日本の医療機器業界は衰退していくのではないかと危機感を覚えています。
医療費増大を抑える鍵‐高めたい医療機器の国産化
――そのような状況に対して、医療機器学会が何らかの役割を果たすことができるとお考えですか。
加藤 本学会は、医師をはじめとした医療従事者のみならず、医療機器分野の企業や研究者も加入しているきわめて特徴的で先見性のある日本唯一の学会という点が大きな特徴です。関係企業、医療従事者、研究者それぞれの人たちが一緒になって研究し、議論をしますから、その特性をうまく利用して、日本発の医療機器や医療材料を開発するきっかけにしてほしいと願っています。加えて本学会は、厚生労働省や経済産業省をはじめとした行政とも関係を構築できていますので、研究者、病院、マーケティング企業などの間に入って、マネジメントする役割を担うことも必要かも知れません。
――そうなれば国内で使用される医療機器も、国産の比率が高まっていくと思われます。
加藤 いま社会保障費の増大が大きな政治課題になっています。その原因がどこにあるとお考えかと尋ねますと、皆さん高齢化だと指摘されます。しかし、実はロボット支援手術に代表されるようなこれまでになかった高度な医療技術や医療機器が次々と開発され、そこには膨大な資金がかかっています、このことが理由で医療費が嵩んでいるという一面も否定できません。例えば急性の心蔵血管系疾患など、以前は発症すると死に直結するような病気でも現在ではカテーテル治療をすれば、延命するわけですね。こうした医療費増大を生み出している高額な医療機器や材料というのは、多くが高い関税を支払って海外から輸入された製品なのです。
――そこを国産化できれば、インパクトは大きいですね。
加藤 そうです。先ほどの手術用ロボットなども、日本国内で生産されると外国製品が売れなくなりますから、欧米諸国から外圧がかかるかも知れませんが、技術面では諸外国に負けないかなり高い技術を持っています。私も多くの国で研修させていただきましたが、今でも日本の技術が諸外国に負けるはずはないと思います。例えば手術用の鋼製小物などの分野は、世界で使用されている多くが日本製なのです。
――確かに新潟県の燕市や岐阜県の関市などは刃物生産で有名な町で、そこで培われている潜在的な技術には非常に高いものがあると聞きます。
加藤 そう、ですから医療機器も同じだと思うのです。学会として、そういう点を発掘し、発信していけたらと思っています。
――最後になりますが、第100回大会のPRをお願いできますか。
加藤 今度の大会では歴史的で貴重な展示も数多くありますし、学会本体も特別講演、シンポジウムやワークショップなど多彩な企画を用意しています。特に医師、看護師、臨床工学技士、滅菌技師といった一つの職種に限定した問題よりも、いろいろな職種に共通した課題への取り組みを主眼にプログラムを編成していますので、どの職種の先生方がお聞きになっても、興味を持てるのではないでしょうか。共通する問題について議論をし、懇親を深める場になればと思っていますので、是非たくさんの方々に足をお運びいただきたいと思います。
――ありがとうございました。開催を楽しみにしています。