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臨床試験の「安全」確認体制を

2006年12月15日 (金)

 今春、臨床試験で過去に例を見ないような大事件が英国で発生し、世界中を揺るがした。しかも、ヒトでの安全性を確認するために、健常人を対象として実施される第I相臨床試験(PI試験)においてである。悪い意味で有名になってしまった「TGN1412」がそれだ。

 TGN1412は、Tリンパ球のCD28という表面抗原に結合するヒト化モノクローナル抗体(抗CD28アゴニスト製剤)で、血液癌や炎症性疾患に対する効果が期待されていた。実薬を投与された健常被験者6人全員が、重篤なサイトカイン・リリース・シンドロームを呈して多臓器不全に陥った。一時は全員が集中治療室に入り、そのうち1人は壊死により手指切断を余儀なくされた。この生死の境をさまよった人たちは、当然、全員がボランティアで参加した健康な被験者である。

 事件の核心は、重大な健康被害をもたらしたこのPI試験が、なぜ実施されたのかにある。英国のMHRA(医薬品医療製品規制庁)は、試験依頼者側と受託側のCROに対して調査を行い、GCP、GMP、GLPいずれもクリアして試験の実施を承認している。また試験が実施された事実は、施設内の治験審査委員会(IRB)も通過したことを意味する。

 試験の実施に問題はないと判断されたのである。本当にどこにも問題点が見当たらないのであれば、今回のケースは全く予想不可能な有害反応が出現したということになる。この問題は今年の日本臨床薬理学会年会でも取り上げられ、ヒト初回投与試験に対しては、極めて慎重な姿勢で臨むべきと強く求められたことは、既報の通りである。

 画期的新薬開発のスピードアップは、全人類が希望することではある。だが熾烈化する競争の下で、開発を急ぐあまりに安全確保への配慮を欠き、今回のような甚大な健康被害を引き起こしては、本末転倒と言わざるを得ない。

 森羅万象には作用と反作用が存在する。病を治すはずの医薬品は、本来の性質が毒であり、至適用量でコントロールして使用するから、薬としての役割が発揮される。世に出ている医薬品は、作用(効能)と反作用(副作用)の絶妙なバランスの上に成り立っており、開発過程においても同様のことが言える。「迅速」な開発は必要だが、「拙速」な開発は絶対に避けなければいけない。

 TGN1412事件には、学ぶべき点が多い。関係する情報が限定されており、情報開示の面でも問題があると指摘されている。これまでの調査情報によれば、▽非臨床安全性試験の未実施項目が多い▽ヒト初回投与量の不適切さ▽試験の保険金額が通常よりも低かった▽投与初日に治験責任医師が不在だった▽有害事象発生時の対応にミスがあった――ことなど、PI試験を実施する上で、様々な不備や疑問があったといわれる。 日本の臨床試験現場からは、情報の公開と対応策の提示を、当局に訴える声が上がっている。近く、英国の専門家グループによる最終レポートもまとめられるようだ。

 生命に直結する医薬品開発においては、重大な事象が生じた際に「同じ轍を踏まない」ことが、何よりも優先して求められていることを、医薬品開発に携わる全ての関係者は肝に銘じなければならない。行政も含め関係する学会、業界などが積極的に検討し、互いに知恵を出し合い、適切な対策を見出してくれることを期待する。



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