抗癌剤「オプジーボ」の効能追加をきっかけに、高額薬剤による薬剤費増を懸念する議論が沸騰している。国の医療保険制度が持たないという危機感が席巻し、中央社会保険医療協議会の場では、さらに薬価を引き下げるための薬価制度の抜本的な見直し論も浮上している。
ただ、そもそも抗癌剤の高薬価は、分子標的薬が登場した2000年代はじめから指摘されていたことでもある。転移性乳癌治療薬「ハーセプチン」、B細胞性非ホジキンリンパ腫治療薬「リツキサン」、慢性骨髄性白血病治療薬「グリベック」、非小細胞肺癌治療薬「イレッサ」と、わが国に分子標的薬が相次いで登場し、より効果の高い分子標的薬の時代が幕を開けたのと軌を一にしてきた。実際、その効果は劇的で、寝たきりの末期癌患者が日常生活を送れるまで回復するようなことが医療現場で実感されることが少なくなかった。
翻って現在、大きな議論となっているのは、医療保険で高額な抗癌剤をカバーするのは限界に近く、国民皆保険制度が破滅しかねないという危惧からのものだが、問題は特定の患者に劇的な効果を発揮する抗癌剤等の薬価をどう考えるかということだ。
厚生労働省の統計によると、最近の医療費の増加要因は医療の高度化によるところも大きい。分子標的薬の開発もその流れにあり、特定分子をターゲットにした新しいコンセプトに加え、年齢や性別、遺伝子変異など様々な患者背景をもとに、効果のある患者を絞り投与することになる。こうした医療の高度化が高薬価につながっているという視点も議論する必要があるだろう。高薬価の側面ばかりを指摘されたのでは、製薬企業側に画期的な新薬を開発する意欲が沸くはずもない。
今年度から日本でも新薬の費用対効果を検討する試行的な取り組みが始まった。高薬価に見合った効果を発揮する薬であるかどうかを、しっかり検証していくことは必要だ。とかく費用対効果は薬価引き下げのターゲットとして語られがちであるが、もっと全体的な視点で費用対効果を考えていく意義は大きい。
また、青天井に伸びると危惧される薬剤費の抑制には、むしろ個別化医療の研究を国として加速化させ、効果が見込まれる「患者の選別」を積極的に進めていくべきだし、国民の意識改革を促す努力も必要になるだろう。患者や家族も安易に「新薬を使いたい」と求めていないか、医師も安易に使っていないかの検証も求められる。
そう考えると、医療者、製薬業界、そして政府全体で、高額薬剤の使用と医療保険制度のあり方について、痛みも含めて十分な説明を尽くし、国民的な議論を喚起していくべき時期ではないか。高額薬剤の議論は最終的に人間の命のあり方、国民負担に直結するだけに、この機会を生かし国民を巻き込んだ議論を期待したい。