ビッグデータ解析に基づく疾病発症予測の精度を高める研究が進んでいる。将来、どの程度の確率で各種疾病を発症するかを予測するシステムの社会実装は一部始まっているが、本格化はまだこれからである。
一方、各個人の生涯の健康情報をポータルサイト等で把握できるPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)の拡充に向けた法制化が進む見通しで、今後これらの要素が相まって疾病発症予測の社会実装が熱を帯びそうだ。
疾病発症予測の研究拠点の一つとして知られるのが、弘前大学を中心とした「岩木健康増進プロジェクト」。京都大学と実施した共同研究で膨大なデータを人工知能(AI)で解析した結果、疾患の発症を高い確率で予測できることを見出した。同プロジェクトでは2005年以降、弘前市岩木地区の住民約1000人を対象に毎年、大規模な総合健診を実施している。通常の健診項目に加え、ゲノム、体力、肥満、腸内細菌、メタボローム、睡眠、食事、労働環境、経済力など2000項目以上の膨大なデータを取得するのが特徴で、データが14年分集積されている。
共同研究を実施した奥野恭史氏(京都大学教授)は、高血圧や糖尿病、慢性腎臓病など20疾患を対象とし、期間中に対象疾患を発症した住民と健康を維持した住民のデータを人工知能(AI)で比較して解析。各疾患が3年以内に発症するかどうかを高い確率で予測できるモデルを確立した。
通常、AIが解析結果を導き出した過程はブラックボックスになり把握できないが、奥野氏らは統計的因果推論の方法を使って、疾患発症に至る各項目のネットワークを可視化。疾患発症に重要なルートの抽出に成功し、同じ疾患でも発症要因は個人によって異なることを示した。この手法を使えば、一律的に生活習慣の改善を指導するのではなく、それぞれの背景に応じた個別の生活習慣改善につなげられるという。
一方、こうした技術開発の進展と並行して、国主導によるデータヘルス改革の環境整備が進む見通しだ。7月17日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」には、PHRの拡充を図るため、「関係府省庁は21年に必要な法制上の対応を行い、22年をメドにマイナンバーカードを活用して、生まれてから職場など、生涯にわたる健康データを一覧性をもって提供できるよう取り組む」ことが盛り込まれた。
今後、環境整備に伴い、疾病の発症予測や予防へのPHRの活用が進む可能性がある。現在、個々に応じた最適の治療を行う個別化医療が注目されているが、将来はデータに基づく疾病の個別化予防も実現するかもしれない。
こうした状況下で、トータルヘルスケアの提供を目標に掲げる製薬企業や各地域で健康サポート活動を展開する薬局はどのような役割を担うのか。戦略の具体化が必要だ。