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医薬品開発の現場から 実験動物技術者「私たちはこの仕事に誇りを持っている」

2016年07月07日 (木)

 医薬品の安全性や有効性を予測するために、臨床試験の前段階で実施されるのが動物試験。倫理的な理由から動物試験に反対する声などもあり、「医薬品開発」と「動物愛護」の狭間で揺らぐ中、現場を支えているのは、動物試験の最前線で職務を全うする「テクニシャン」(実験動物技術者)だ。医薬品開発に用いる実験動物を日々管理している彼らは、どういう思いで動物と接しているのか。今回は、英国のCROで働く2人のテクニシャンに話を聞き、日本での課題や今後の方向性を探った。

動物愛護と医薬品開発‐使命と倫理のバランスに揺れる

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 動物試験のテクニシャンの仕事は、実験動物の世話や管理、被験物質の投与から採血といった一連の業務を担う。「テクニシャンとして一番必要なのは、動物を愛するという気持ち」。そう語るのは、スティーブ・オーウェンさん。テクニシャン歴27年の豊富な経験を持ち、現在では英CROのエンヴィーゴで働いている。テクニシャンとしての仕事に加え、社内での動物愛護基準策定や、後輩テクニシャンの管理、エンヴィーゴが購買する実験動物の管理と役割は多岐にわたる。

 「獣医や医師になれるだけの能力はなかったけど、テクニシャンという道があることを聞き、職業として選んだ」と打ち明ける。全ての動物種で試験を経験し、最も得意としているのが、サルなど霊長類を扱った試験だ。

 患者を助けたいという強い思いも、テクニシャンの職についた大きな理由となった。医薬品を開発していくためには、現段階では動物試験が必要だと考えている。医薬品開発に用いる動物に対して、「尊敬の念を忘れたことがない」とオーウェンさんは話す。彼のミッションは、「新薬開発にかかわり、人の健康に寄与する」と「実験動物の苦痛を最小限にとどめる」の二つを達成すること。医薬品開発と動物愛護を両立させ、多くの新薬を世の中に届けていくという使命を持って、動物のストレスを軽減するような試験に改善し、科学的見地から正しいデータが得られるようにしていきたいという目標がある。

3Rs原則、現場で考える

 動物愛護。動物実験の倫理的原則である「3Rs」に基づくもので、1959年に英国のラッセルとバーチの両氏が提唱した。Reduction、Refinement、Replacementのそれぞれの頭文字の「R」を意味し、できるだけ使用動物数を削減すること、実験動物の苦痛を避けること、微生物や細胞、植物、知覚機能の乏しい無脊椎動物に置き換えることがその趣旨となっている。

 オーウェンさんは、医薬品開発に携わりながら、ずっと動物愛護を考えてきた。実験動物の苦痛を避けることと言っても、動物は人間のように「痛い」と言ってくれない。だからこそ、動物を観察し小さな変化も見逃さない。

 オーウェンさんには、印象に残っているプロジェクトがある。サルを用いたインスリン製剤を連日投与する安全性試験。動物に苦痛を与えずに、臨床試験で使えるようなインスリン製剤をどう開発していくかを目標とする中、高用量投与群のサルがある日、低血糖状態に陥り、エサを食べなくなったり、手足を自由に動かせずにいるのをオーウェンさんが発見した。

 すぐに、プロジェクトを管理する責任者、製薬企業、社内獣医師と、テクニシャン業務を行う傍ら、NACWOと呼ばれるその試験における動物愛護責任者を兼務していたオーウェンさんの四者協議が行われ、実験動物が低血糖で弱ったときには直ちにグルコースを与え、元気な状態に戻す処置を取ることを決めた。

 NACWOは、動物愛護では一番重要な職務であり、動物の状態から何をすべきかを判断する総責任者となる。オーウェンさんは、試験開始前から密に社内の専門家や製薬企業とミーティングを行い、どういう影響が起こるかを予測し、対応策を準備していた。そして試験実施中は動物の小さな変化をも見逃さないように心がけ、問題が起これば迅速な解決策を講じるよう取り組んできた結果、対処することができた。

ペットと同じように常に愛情を持って

 「つらい経験は」「やめたいと思ったことは」と聞くと、「Never(一度もない)」と答えてくれたオーウェンさん。長期に及ぶ試験であれば、愛する動物の死に直面することもあり、精神的なダメージを受けることもあるのではないかとの問いにも、動物愛護の規制の中には、テクニシャンへの配慮もあり、実際に実験動物が安楽死する場面や、苦しがっている姿を目にすることはほぼないという。

 それでもオーウェンさんは現場の立場として、感情が揺さぶられるような出来事を一つだけ教えてくれた。「イヌの52週試験では、最終的には麻酔薬を投与し、と殺を行って解剖を行う。自分がつらいというところまではいかないが、なんとも言えない気持ちになった」。本来なら目にしたくない光景だが、こうした経験も、「医薬品が人の健康に寄与し、人々の生活に役立つことを考え、誇りを持って仕事をしようと思った」とより強い気持ちになったという。

 私生活ではインドの蛇を1匹、イヌを1匹飼っている。「目的を持ってラボで過ごしている実験動物に対しても、コンパニオンアニマルと同じように愛情を持って接している。自分が管轄している動物がストレスなく過ごしてくれるのを確認したときにやりがいを感じる。動物愛護法を厳守し、医薬品開発を行っているからこそ、自分の仕事に誇りを持っている」。

重労働だけどやりがい

左からオーウェンさん、通訳を挟んでマーティンさん

左からオーウェンさん、通訳を挟んでマーティンさん

 女性テクニシャンのジョー・マーティンさん。エンヴィーゴに入社して25年が経過し、実験動物の採血や被験物質の投与を担当している。学生時代の頃は、動物病院の看護婦になりたかったという。卒業前にキャリアイブニングと呼ばれる就職説明会に参加し、エンヴィーゴ(当時ハンティンドンリサーチセンター)の代表者と話をしたところ、テクニシャンという職種に出会った。

 多くのプロジェクトを受け持った。医薬品だけではなく、工業製品の成分となる化学物質の環境に対する安全性評価する動物試験も担当し、「人の健康だけではなく、環境にも貢献できることが誇りだ」と話す。

 とはいえ、テクニシャンの仕事は重労働で、実験動物の管理は日夜追われることもあり、家族との時間は持てなくなることもしばしば。マーティンさんは、「夜遅く帰ってきたり、朝早く帰ってきたりすると、子どもと触れ合える時間が取れないのが厳しいところ」と言う。

 テクニシャンになりたいという若者にどのようにアドバイスするかを聞いたところ、「動物が好きであること」との条件を挙げる。では、動物が好きだけでテクニシャンの仕事をやっていけるかと再度質問すると、ノーと答える。「医薬品開発の目的をきちんと知り、勤務時間外でも働ける責任感の強さ、スキルを磨くために自ら資格を取得する積極性を持った人材でなければならない」と話す。

 マーティンさんが考える動物愛護とは、「自分のベストを尽くして動物をお世話し、なるべく自然な環境で動物が過ごせるようにしてあげること」。その上で、「動物愛護と医薬品開発を並行して進めていく。それがわたしたちの目標」と、オーウェンさんと同じように、“プライド”という言葉を使って、強い思いを表現してくれた。

英国には支える環境が整う‐日本は全体的に理解不足

 二人が「誇りを持って動物テクニシャンの仕事を行っている」と言えるのは、動物試験を支える社会環境が英国に存在するからだ。その一つが、動物試験に対する社会的理解。英国の調査機関が行ったリサーチでは、なんと英国民の8割が、医薬品開発の動物実験に対して「規制に準拠し、医薬品開発に貢献するならば支持する」という結果が得られている。

 そしてテクニシャンのキャリア支援も整備されている。テクニシャンのスキルに対して、基準を満たせば段階に応じて資格を付与する制度も設け、キャリアとしての可能性も用意されているという。

 その一方で日本はどうか。医薬品開発の効率化が進む中で、非臨床試験を簡素化する動きが進む。製薬企業からCROへの外部委託も加速しているものの、国内CROの経営基盤は決して安定しているとはいえず、今後日本で非臨床試験をどう動かしていくか不透明な状況だ。

 治験では、世界先進国という高い目標を掲げるが、国内での非臨床試験はどう位置づけるのか。細胞レベルのインビトロ試験を代替していく動きが見られるが、動物試験でなければ化合物の毒性を評価できないものも多く残されている。

 動物試験への理解不足もある。動物試験に反対する団体と製薬業界の対話の場はなく、お互いの立場には隔たりがある。医薬品開発における動物試験の意義や必要性はあまり知られておらず、テクニシャンという仕事も理解されていない。日本にも多くのテクニシャンが存在し、それぞれが動物愛護を考え、誇りを持って仕事に取り組んでいるにもかかわらず、オーウェンさん、マーティンさんのように、思いを主張するのも難しい環境がある。

 非臨床試験を支える若い人材も後に続かない。私立大学で学生向けに動物実験の実技などを教える教授は、「動物が好きで入学してくる学生が多いが、今の非臨床業界は自信を持って勧められる状況でないのが残念」と話す。非臨床試験での人材が枯渇すると、医薬品の安全性はおぼつかなくなる。

 オーウェンさんは、「英国における社会的な理解、国の支援、会社や周囲のサポートが支えになっている」と感謝する。そして現場の目線から、「日本も同じ環境になれば、テクニシャンがプライドを持って、もっと幸せに働けると思う」とのメッセージを送った。



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