中間年改定とは?
中間年改定とは、従来2年に1度だった医療用医薬品の公定価格(薬価)の改定を、診療報酬改定のない年にも実施する制度です。高額な新薬の登場などで増大する薬剤費に歯止めをかけるため、2018年度から本格的な制度検討と準備が進められ、2021年度に初めて実施されました。これにより、薬価は事実上毎年改定されることになりました。
制度の経緯と背景
2016年末、厚生労働大臣、財務大臣、経済再生担当大臣、内閣官房長官による「4大臣合意」が行われ、中間年改定の制度導入に向けた方針が決定しました。なぜこのような制度変更が必要だったのでしょうか?
背景には、「ソバルディ」「ハーボニー」といったC型肝炎治療薬や、「オプジーボ」などのがん免疫薬といった高額新薬の普及による薬剤費の急増がありました。実際、医薬品費用は2000年度の約6兆円から2013年度には約8.9兆円へと大幅に増加したのです。
特に「オプジーボ」は当初の薬価が極めて高額だったため、2017年には例外的に50%もの緊急薬価引き下げが行われました。こうした事態を受け、政府・財政当局は市場実勢価格と公定価格の乖離を速やかに解消し、医療費の無駄を省く必要性を強調するようになったのです。
中間年改定の実施状況
日本初の中間年改定は2021年度に実施されました。2020年秋に実施された薬価調査の結果、平均価格乖離率は約8.0%となり、その結果、公定価格収載品の約69%(1万2,180品目)が価格引き下げの対象となりました。この改定により、約4300億円規模(医療費ベース約1%)の支出削減が見込まれました。
ただし、初回ということもあり、通常改定よりも限定的な範囲・ルールで運用されました。新薬創出等加算の累積額控除や市場拡大再算定など、一部の厳しい薬価ルールは適用が見送られています。
【解説メモ:乖離率(かいりりつ)】 |
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実際に医療機関や薬局が医薬品を卸から購入している価格(市場実勢価格)と、公定価格である「薬価」との差を表す指標です。 この乖離率が大きいほど、薬価が市場価格からかけ離れていると判断され、薬価が引き下げられることになります。 |
2025年の中間改定
最新の2025年度の中間年薬価改定では、改定対象となる医薬品が5つのカテゴリに分けられ、それぞれに乖離率基準(市場実勢価格との差率)を変えて設定されています。
カテゴリ | 改定対象となる乖離率基準(平均乖離率5.2%を基準) | 対象品目数・割合(全体約1万3,400品目) | 説明と影響患者層 |
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新薬創出等加算対象品目 | 1.0倍(5.2%超) | 約60品目(約0.9%) | 最先端・革新的な新薬。イノベーション評価重視。主に重症疾患や希少疾患の患者に影響。 |
新薬創出等加算対象外の新薬 | 0.75倍(約3.9%超) | 約1,000品目(約7.5%) | 比較的新薬だが加算対象外。幅広い疾患の患者に影響。 |
長期収載品(先発品) | 0.5倍(約2.6%超) | 約5,700品目(約42%) | 長期に市場に出ている先発薬。高齢者や慢性疾患患者が多く使う医薬品が含まれることが多い。 |
後発医薬品(ジェネリック) | 1.0倍(5.2%超) | 約5,000品目(約37%) | コスト削減を担うジェネリック医薬品。広い患者層に影響。医療費適正化の要。 |
その他(1967年以前収載品など) | 1.0倍(5.2%超) | 約1,600品目(約12%) | 古い医薬品で安定供給が重要。ベース医療にかかわる。 |
新薬創出等加算対象の新薬・対象外新薬は疾患の中でも治療選択肢の少ない難治疾患や希少疾患領域の患者が多く、改定の影響で価格調整が行われるがイノベーションの促進も狙い。
長期収載品は慢性疾患(高血圧、糖尿病、各種慢性疾患)の患者層が大きく、価格調整が進むと一般的な医療費負担の変動に影響。
後発品(ジェネリック)は医療費削減の要であり、広く多くの患者が利用。特に経済的負担が大きい患者にとって影響が大きい。
その他古い医薬品は基本的な治療に不可欠なものが多く、安定供給確保に配慮されている。
年度 | 主な改定ポイント | 削減できた医療費(薬剤費)|
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2021年度 | 初の中間年改定、平均乖離率8%の0.5~0.75倍の中間、0.625倍(約5%乖離)を基準に価格調整、新薬創出加算拡充、長期収載品、後発品は高割合引き下げ | 約4,300億円程度 |
2023年度 | 平均乖離率7.0%の0.625倍基準(約4.375%乖離)、新薬創出加算の特例増額、対象は約69%の品目 | 約3,100億円 |
2025年度(予定) | 乖離率基準を平均乖離率5.2%に低減、品目ごとに乖離率倍率設定(新薬創出加算品・後発品は1倍、長期収載品は0.5倍)、新薬創出加算累積控除、最低薬価引き上げ(2000年度以来)、不採算品再算定の臨時的実施、対象品目は約53%に縮小 | 約2,466億円(厚労省試算) |
このように、2021年度の初回中間年改定から2025年度予定まで、薬価乖離率の基準引き下げと対象品目の割合が徐々に縮小され、削減医療費も減少傾向にあります。改定内容は市場価格乖離の是正と創薬促進を目的に調整されています。
期待される効果とメリット
中間年改定の主な目的は、公定価格と市場実勢価格の乖離を是正して医療費を節減することです。政府試算では、毎年改定により年間1900億円程度の医療費削減が可能とされています。
また、公定価格の早期適正化は患者さんの自己負担増加を抑制し、薬剤費膨張による保険料引き上げ圧力も緩和します。これにより、国民皆保険制度の持続可能性の確保に貢献すると期待されているのです。
課題とデメリット
しかし、この制度には課題もあります。主なデメリットとして次の点が挙げられています:
新薬イノベーションへの影響
毎年の大幅な収益減少は、製薬企業の新薬研究開発へのインセンティブを低下させる恐れがあります。特許期間中でも価格引き下げの対象となれば、グローバル企業が日本市場への新薬投入を敬遠し、ドラッグラグやドラッグロスが再び深刻化するかもしれません。
医薬品の安定供給への影響
特に後発医薬品メーカーにとって、毎年の薬価引き下げは採算悪化を招き、生産中止や市場撤退の要因となります。最近問題となっている医薬品の供給不足の一因にもなっています。
医療現場・流通の負担増加
医療機関や薬局は在庫の評価替えや価格交渉を毎年繰り返す必要があり、事務負担が増大します。医薬品卸売業者も改定のたびに納入価格の見直し交渉や緊急配送対応などで業務が煩雑化しています。
各ステークホルダーの立場と主張
中間年改定をめぐっては、関係者ごとに立場が大きく異なります。
財務省(政府・財政当局) | 社会保障費抑制の観点から薬価の毎年改定を強力に推進しています。 |
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厚生労働省 | 制度を運用する立場ですが、中間年改定の弊害にも配慮した慎重な姿勢を示しています。 |
経済産業省 | 製薬産業を所管する立場から、過度な薬価引き下げへの慎重姿勢を取っています。 |
医師会など医療提供側 | 毎年の薬価改定が現場に混乱と事務負担を招いているとして制度見直しを求めています。 |
製薬企業 | 業界全体で毎年改定に強い危機感を持ち、新薬開発意欲の減退や安定供給への支障を訴えています。 |
医薬品卸売業者 | 価格改定のたびに医療機関との納入価格交渉が必要となり、現場負担が増大すると警告しています。 |
最近の動向と今後の展望
近年、中間年改定を取り巻く環境には変化の兆しが見えています。深刻化する医薬品安定供給問題や国内創薬力低下への懸念から、制度見直しを求める声が高まっています。
2024年6月時点で、政府は「2025年度も中間年改定を実施する」方針とともに、創薬イノベーションや薬の安定供給に配慮した運用改善を行う方向性を打ち出しています。具体的には、価格乖離率の基準を品目カテゴリー別に細分化する案(例:新薬創出等加算対象薬や後発医薬品は平均乖離率の1.0倍超、長期収載品は0.5倍超など)が検討・審議されており、詳細は今後最終決定される予定です。
中長期的には、制度そのものの再検討や運用の大幅な見直しも視野に入れられており、医療財政の健全性とイノベーション促進の両立を図る新たな薬価制度のあり方が模索されています。
まとめ
このように、中間年改定は医療費適正化の「迅速対応機能」として現在の医薬品政策の重要な柱ですが、供給安定性や創薬環境への配慮から制度の持続性・改廃が今後の大きな課題となっており、その動向が医療界・産業界・政治の注目を集めています。今後は、短期的な財政効果だけでなく、中長期的な医療の質や産業競争力も含めた総合的な視点から、最適な制度設計が求められるでしょう。
皆さんが医薬品業界で活躍していく中で、この制度がどのように変化していくのか、ぜひ注目してみてください。薬価制度は医薬品ビジネスの根幹に関わる重要なテーマですので、理解を深めておくことをお勧めします。