薬学の世界、あるいは薬局業界に足を踏み入れたばかりの皆さん、「敷地内薬局」という言葉を正しく理解できているでしょうか?
敷地内薬局とは、病院やクリニックなどの保険医療機関と同じ敷地内に設置された保険薬局を指します。
かつては「医薬分業の例外」とされ、設置が認められていなかった敷地内薬局ですが、近年の規制緩和により、都市部を中心にその数は増加しています。しかし、そこには単なる「利便性」だけではない、複雑な制度上のルールや厳しい調剤報酬の設定が存在します。この記事では、敷地内薬局の定義から最新の法規制、そして未来の展望までを解説します。
1. 敷地内薬局とは?その定義と背景
敷地内薬局は、日本の医療提供体制における大きな転換点を示す存在です。まずはその基本的な定義と、なぜこの形態が生まれたのかという歴史的背景を見ていきましょう。
敷地内薬局の基本的な定義
敷地内薬局とは、その名の通り病院やクリニックなどの保険医療機関と同じ敷地内(所有地内)に設置された保険薬局を指します。
本来、日本の「医薬分業」制度では、診察を行う病院と、薬を調剤する薬局は、経営的にも構造的にも完全に独立していなければならないという大原則があります。そのため、かつては病院と薬局の間には公道(道路)などが挟まっていなければならず、同じ敷地の中に薬局を建てることは事実上禁止されていました。
しかし、2016年(平成28年)の規制緩和により、一定の条件を満たせば「建物」が分かれていることを前提に、病院の敷地内に薬局をオープンすることが可能になったのです。
【構造的・機能的な「独立性」のルール】
敷地内薬局は単に便利な場所にあるだけでなく、厚生労働省によって厳格な「独立性」が求められています。
- 構造上の独立:病院の建物の一部を間借りしたり、専用の連絡通路や渡り廊下で直結したりすることは依然として禁止されています。あくまで「別棟」の施設であり、公道に面した専用の入り口を持つ必要があります。
- 経営の独立:病院が直接薬局を運営することは認められません。民間の調剤薬局チェーンなどが病院から土地を借り(賃貸借契約)、新規に薬局を開設して、保険薬局としての指定を受けて運営します。
敷地内薬局は、高度な専門医療を提供する特定機能病院などの近接地に多く、薬剤師の専門知識を活用して、がん化学療法や高度な慢性疾患などの複雑な処方箋へ対応する役割を担っています。
敷地内薬局が解禁された背景
なぜ、長年の規制が緩和されたのでしょうか。そこには患者さんのニーズと、医療制度の改善という目的がありました。
【法改正の経緯と厚生労働省の決断】
長年、日本薬剤師会や各業界団体は、「医薬分業の形骸化」を防ぐために敷地内薬局には慎重な立場をとってきました。従来の解釈では、物理的な距離を離すことで、不適切な癒着を防ぎ、患者さんが自由に薬局を選べる「かかりつけ薬局」を推進することを優先していたからです。
しかし、高齢化が進む中、厚生労働省は2016年に通知を改正しました。これまで「公道」を必須としていたルールを緩め、病院の所有する土地の一部を分割して貸し出すことを認めました。その最大の目的は「患者の利便性の向上」です。
【アクセスの改善と患者ニーズの変化】
- 移動負担の軽減:広大な病院の敷地から外へ出て、さらに公道を渡って薬局へ向かうことは、移動が困難な高齢者や車椅子利用者、小さなお子様連れの保護者にとって大きな負担でした。この対策として敷地内設置が認められました。
- 情報の一貫性:医療情報の連携をよりスムーズに行うため、物理的距離を縮めて連携を強化する狙いもありました。
- 医療モール型の普及:複数のクリニックが集まる「医療モール」形式が一般的になり、一箇所で医療を完結させたいという社会的なニーズが高まったことも規制緩和を後押ししました。
2. 敷地内薬局のメリットとデメリット
敷地内薬局は、患者さんにとっては極めて利便性の高い存在ですが、運営する側には制度上の「ペナルティ(減算)」が課せられています。
患者にとってのメリット
患者さんにとっての恩恵は、診察から薬の受け取りまでの「動線」が最短になることに尽きます。
【利便性の向上と時間の節約】
診察後の疲れがある中で、遠くの薬局まで移動する必要がないことは、非常に大きなメリットです。天候が悪い日や猛暑日でも、敷地内であれば移動のストレスが激減します。こうした利便性から、敷地内薬局は非常に人気が高いのが現状です。
【医療の一貫性と安心感】
敷地内薬局では、薬局が病院の診療内容や検査値を把握しやすい環境が整っています。医師と薬剤師の距離が近いため、疑義照会(処方内容の確認)などの対応が迅速です。患者さんは、自身の治療が病院と薬局のチームで支援されているという実感を持ちやすくなります。マイナポータル等を活用した情報共有が進む中でも、物理的な近さは、医師と薬剤師の直接的なコミュニケーションをさらに強固なものにします。
医療機関や薬局にとってのメリット
【業務効率の向上と連携の深化】
医療機関と薬局が近接していることで、退院時カンファレンスへの参加や、がん薬物療法の情報共有が容易になります。これは医薬分業の質を高め、全体としての医療サービスの向上につながります。
【安定した処方箋枚数の確保】
運営する会社側から見れば、病院のすぐそばという立地は、安定した処方箋の応需を意味します。多額の広告費をかけずとも、多くの患者さんが自然に訪れるため、経営の予見可能性が高いという事業上の利点があります。
敷地内薬局のデメリット(制度上の厳しい評価)
一方で、敷地内薬局は「独立性が低い」とみなされ、調剤報酬において非常に厳しい減算を受けています。
【特別調剤基本料】
通常の薬局が「調剤基本料1(45点)」を算定できるのに対し、敷地内薬局などは「特別調剤基本料(5点)」しか算定できないケースがほとんどです(詳細は第3章で詳述)。一件あたりの収益が少ないため、大量の処方箋を効率よく対応しなければ、赤字になるリスクを孕んでいます。
【「かかりつけ機能」の形骸化懸念】
中医協(中央社会保険医療協議会)での議論において、敷地内薬局は「患者が地元の地域の薬局に行かなくなる原因」として懸念されています。複数の医療機関にかかっている患者さんが、それぞれの病院の敷地内薬局を利用してしまうと、お薬の一元管理ができなくなるという問題が生じます。
また、病院と薬局の距離が近すぎることで、プライバシーの懸念を持つ患者さんも一定数存在します。過去には、規制を逃れるために形式的な分筆を行うなどの、いわゆる「潜脱(せんだつ)行為」も見られましたが、現在は厚生局のホームページ等で公開されている指導基準により、そうした行為は厳しく監視・是正されています。
3. 特別調剤基本料の詳細
皆さんが現場で最も驚くのが、敷地内薬局の「点数の低さ」かもしれません。2024年度の改定内容を含めて詳しく解説します。
特別調剤基本料AとBの違い
敷地内薬局などが算定する基本料には、「A」と「B」の2区分が存在します。
| 区分 | 主な対象 | 点数(2024年) |
|---|---|---|
| 特別調剤基本料A | 病院と不動産賃貸関係等があり、敷地内にある薬局 | 5点 |
| 特別調剤基本料B | 敷地内薬局の要件には該当しないものの、特定の医療機関からの処方箋集中率が高く、かつ大手グループ薬局に属する場合など | 3点 |
【特別調剤基本料A(5点)のポイント】
病院の土地を借りて運営している薬局のほとんどがこれに該当します。特別調剤基本料Aを算定する薬局については、いくつかの加算が大幅減算または算定不可とされました。具体的には、地域支援体制加算・後発医薬品調剤体制加算・在宅薬学総合体制加算などについて、所定点数の10%(1割)しか算定できない措置がとられています。
また、服薬情報提供料や特定薬剤管理指導加算2など、一部の薬学管理料はどれだけ提供しても算定不可とされました。これにより、敷地内薬局は基本料が極端に低いだけでなく、主要な加算・管理料でもほとんど報酬を得られない仕組みになっています。
【特別調剤基本料B(3点)のポイント】
さらに厳しい「3点」は、経営母体の規模が極めて大きい調剤チェーンなどが、特定の条件を満たした場合に適用されます。具体的には、上記Aのような不動産関係はないものの、処方箋集中率が極めて高い(グループ全体で処方箋受付回数が月40万回超かつ集中率95%超などの)薬局等が該当します。2024年の改定では、大規模グループに対する監視が強化されており、個別のデータに基づいた厳しい判定が行われます。
【患者さんの窓口負担への影響】
点数が低いということは、患者さんの支払額は安くなります。同じ薬をもらっても、街中の薬局より敷地内薬局の方が「安い」という逆転現象が起きています。これは利用者にとってのメリットですが、薬局にとっては経営基盤を揺るがす大きな変更です。
算定要件とその重要性
なぜ自分の薬局がこの点数なのか、その判断基準を理解することは重要です。
- 不動産の関連性:土地や建物を病院から借りているものであるか(当該物件の賃貸借契約の有無)。
- 集中率:特定の病院からの処方箋が、薬局全体の受付数の一定割合(通常70%〜90%超)を超えるか。
- 特別な関係:資本関係や役員の兼任など、実態として病院と「一体」とみなされるか。
これらの要件に該当する場合、薬局は「特別調剤基本料」を算定しなければなりません。減算を避けることはほぼ不可能なケースが多いため、いかに他の高度な機能(地域支援体制加算など、ただし点数は10%評価)を積み上げられるかが、経営上の鍵となります。
4. 敷地内薬局における法的規制と今後の展望
最後に、敷地内薬局を取り巻く法規制の現状と、皆さんが活躍する未来の姿を展望します。
法的規制の現状
敷地内薬局は、厚生労働省や地方厚生局の非常に厳格な監視下にあります。
【「構造上の独立性」の厳守】
行政の指導により、病院から薬局へ移動する際に、必ず一度「屋外」に出るような動線が求められます。屋根付きの通路であっても、完全に密閉された空間で直結することはルール違反です。また、病院内に薬局への案内表示を出す際も、特定の薬局だけを優遇しないよう規定されています。
【賃貸借契約の透明性】
病院が薬局から「相場より高い賃料」を受け取ることは、実質的な利益供与として禁止されています。2024年度の診療報酬改定では、契約書の提出や、第三者を介した不透明な契約の確認がより一層厳しくなりました。不適切な高額賃料の授受があれば、保険薬局の指定取り消しなどの重い処分が下される可能性もあります。
【病院側への新たなペナルティ】
2024年改定では、敷地内薬局を誘致している医療機関側にも、初めて明確な報酬上のペナルティが導入されました。
具体的には、①月の処方箋交付回数が4,000回超の大病院であり、②その病院が発行する処方箋の交付率が9割を超えて、特定の「特別調剤基本料A」算定薬局等へ流れている場合、病院が算定する「処方箋料」が大幅に減額されます。通常、60点(2024年改定後)の処方箋料が、この条件に該当すると42点まで引き下げられます。これは、実質的な「誘導」が行われているとみなされるケースに対し、病院経営そのものにメスを入れた形です。
今後の課題と展望
【場所から「機能」への評価へ】
これまでの敷地内薬局は、単なる「便利な窓口」として評価されてきました。しかし今後は、より高い専門性が求められています。
具体的には、「専門医療機関連携薬局」としての認定を受け、病院と密に情報共有しながら副作用管理を徹底するなど、高度な薬学的ケアを提供できるかどうかが問われます。単なる調剤活動に留まらず、病院のチーム医療の一員としての価値を証明しなければなりません。
【デジタル化(DX)と患者ニーズの多様化】
電子処方箋の普及やオンライン服薬指導の拡大により、必ずしも「病院の隣」にいる必要性は薄れていくかもしれません。しかし、がん治療などの重症患者さんにとっては、対面での手厚いフォローが不可欠です。今後は、場所の利便性に甘んじることなく、いかに質の高い経営と提供体制を築くかが検討の遡上に載っています。
次期診療報酬改定(2026年度)に向けた議論
2024年改定で対応策が取られましたが、敷地内薬局を巡る課題はなお完全には解決しておらず、中医協では2025年10月の総会で次期改定に向けた論点整理が行われました。
特に、2024年改定時に例外として残された「診療所併設の場合は除外」という規定(通称『ただし書き』)を悪用し、病院敷地内薬局が形式上診療所を同居させて特別調剤基本料Aの適用外になっている事例があることが問題視されています。今後、この抜け道を塞ぐためにさらなる見直しも検討されています。
また、医療資源の少ない地域で公的主体が誘致する薬局まで一律に罰するのは適当か、といった論点も提示されており、地域事情に配慮した運用も課題となっています。
業界を担う皆さんへ
敷地内薬局は、制度上の最も厳しい制限を受けながら、医療の最前線で働く場所です。
- 制度を正しく知る:なぜ点数が低いのか、その背景にある「分業の独立性」を理解しましょう。
- 専門性を磨く:場所の利便性に頼らず、「あなたに相談したい」と言われる薬剤師を目指しましょう。
これからの敷地内薬局の価値は、そこで働く皆さんの手にかかっています。変化し続ける最新の情報を常に確認し、新しい地域医療を支えるリーダーとして成長していってください。
令和6年度診療報酬改定の概要 【調剤】 厚生労働省保険局
病院の敷地内に所在する薬局に関する調査について – 厚生労


















