抗菌薬の歴史を紐解くと1929年のフレミングによるペニシリン、35年のドマンクによるサルファ剤の発見を皮切りに、40年代にペニシリンが臨床で使われてから今日までめざましい進歩を遂げ、一時期、人類は感染症を完全に克服したかのような錯覚に陥った。しかし、80年代のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の出現でその神話はもろくも崩れ去った。
さらに、90年代には、多剤耐性緑膿菌(MDRP)が多くの医療機関を席巻した。MDRPは、カルバペネム系抗菌薬との関連性が指摘され、多数の施設で抗菌管理がなされるきっかけとなった。
MDRPに対する薬剤としては、コリスチンが再評価され、未承認薬のチゲサイクリンなどの使用も考えられる。一昨年、大きな問題となった多剤耐性アシネトバクターに対してもチゲサイクリンやコリスチンの有効性が報告されており、わが国でもこのような薬剤の承認が待たれる。
MRSAやMDRPは依然として院内感染対策の重要な細菌で、近年ではこれに加えVRE、ESBL(基質特異型βラクタマーゼ)産生菌、多剤耐性アシネトバクター、キノロン耐性大腸菌などが話題に上っており、これらの菌に効力を発揮する新たな薬剤の開発が期待されている。
一方、抗菌薬の開発は、20年前は盛んだったが、その後、世界的に薬価引き下げや薬剤費抑制の傾向が強まり停滞している。慢性疾患の薬剤とは異なり、短期間しか服用されず高い薬価もつかないため、製薬企業の開発に対する意欲の低下は否めない。
さらに、既存の薬剤のレベルがかなり高いところまで到達しているのも抗菌薬の開発が進まない理由の一つになっている。
今後、感染症に対する新しい薬剤が必要不可欠となって薬価の見直しなどが行われれば、製薬企業も開発に対する投資ができるようになるだろう。だが現状は、製薬企業が単独で新しい薬剤を開発するのは難しい環境下にある。
その一方で現在も、薬剤に対する耐性菌、耐性真菌、耐性ウイルス菌などがかなり増加している。
では、細菌、真菌だけでなくウイルスにも焦点を当てた幅広い感染症薬を開発するには、どのような手立てが考えられるのか。
海外では、感染症に対する薬剤の開発を政府が援助する動きが見られ、米国は早くもその方針を示している。わが国では、まだそのような動きはないが、感染症関連の学会が協同し、国に新しい感染症治療薬の財政支援を提言する準備を進めているとも聞く。
さらなる耐性菌の複雑化や、新しい感染症が高齢化した医療現場に深刻な影響を及ぼす可能性が予測される中、抗菌薬のさらなる適正使用の推進と新たな感染症治療薬の創出は必要不可欠となるだろう。政府の感染症新薬開発に対する速やかな支援を期待したい。