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【動物福祉を考える~医薬品開発の動物実験】医薬品非臨床安全性コンサルタント・海野氏に聞く

2016年2月1日 (月)

製薬企業と動物実験反対派、まずはもっと対話を

海野隆氏

 医薬品開発において、重要な位置づけを占める非臨床試験。製薬企業は、新規化合物の開発を進める場合、ヒトでの有効性・安全性を評価する臨床試験を行う前に、実験動物に化合物を投与し薬効や毒性を調べる。ただ、動物に苦痛を与える・残酷との理由から動物実験に反対する動きも古くから存在し、海外では動物実験施設を襲撃し、動物を「解放」するなどのテロ行為を働く過激な集団も存在している。医薬品開発を含む生命科学研究は人類の健康と福祉に多大な貢献をしていることは紛れもない事実である。製薬企業と動物実験反対派との対立をどう解決していくか。動物福祉に詳しい医薬品非臨床安全性コンサルタントの海野隆氏に、これまでの動向と現状、今後の方向性について聞いた。

数の削減、苦痛軽減、代替‐3Rsが大事な理念

 ――動物実験の歴史は。

 動物実験の歴史はとても古く、わが国では華岡青洲(1760~1835年)が動物実験を行った草分け的な存在と言えるかもしれません。彼は麻酔薬「通仙散」の有効性と安全性の評価のため大量のイヌやネコを用いたことが、有吉佐和子の小説「華岡青洲の妻」に描かれています。小説の主題は臨床試験の被験者として志願する嫁と姑の確執にあり、最終的には多めの通仙散を服用した妻に副作用が現れ、失明してしまいます。青洲が多くの動物を用いて実験したことから、周囲の人々はそのたたりを畏れていたことも描かれており、動物実験に対するネガティブな空気も記載されています。

 海外でも「実験医学序説」の著者として知られるクロード・ベルナールは、動物実験の先駆者として知られますが、その実験の様子に反発した妻と娘は動物実験反対運動の先駆けとなったとされています。

 動物実験は残酷との印象を与えるため、昔から反対する人たちが存在する一方、研究者の中には実験動物を「生きた試薬」として「物扱い」し、「命あるもの」としての思いやりを忘れている人が存在していることも否めません。このようなことから、研究者に中にも動物福祉への配慮の重要性が考えられるようになり、1959年に英国のラッセルとバーチの両氏が動物実験の倫理的規範として、3Rsの原則を提唱しました。これはボロニア宣言(1999年)に発展し、その日本語訳は日本動物実験代替法学会のホームページで見ることができます。また、3Rsは日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)ガイドラインに盛り込まれており、医薬品開発における動物福祉・愛護の理念として反映されています。

 ――3Rsとはどういった原則なのでしょうか。

 3RsとはReduction、Refinement、Replacementのそれぞれの頭文字の「R」を意味し、できるだけ使用動物数を削減すること、実験動物の苦痛を避けること、微生物や細胞、植物、知覚機能の乏しい無脊椎動物に置き換えることが、その趣旨です。3Rsは動物実験従事者が施設の導入教育で必ず教えられるもので、動物実験の重要な倫理的原則となっています。

 さらに1960年代に英国では、動物福祉の基本として、「五つの自由」というものが定められました。これは「飢えと渇きの自由」「不快からの自由」「痛み・傷害・病気からの自由」「恐怖や抑圧からの自由」「正常な行動を表現する自由」です。もともと畜産動物を対象とした考え方でしたが、実験動物福祉の配慮事項としても重要だと考えます。

 ICHはそれまで各国でまちまちであったガイドラインを統一し重複実験を避けることが実現されました。このほか単回投与毒性試験(急性毒性試験)については、多数の動物を用いるLD50値(半数致死量)を求めず、反復投与毒性試験の予備実験などのデータでもよいとするなど、それぞれの試験におけるReductionが図られています。

 製薬企業における実験動物の飼育環境は、厳密な温湿度管理がなされ、エサや水分の補給にも細かに注意を払い、実験精度を高める努力がなされています。また著しい苦痛を動物に与えることが予想される場合には、必ず麻酔をかけて行われています。これはRefinementにもつながるものです。

 また、ヒト由来細胞を利用したインビトロ試験による化合物のスクリーニングや、ゼブラ・フィッシュのような小型魚類への医薬品開発の応用、コンピュータを利用したインシリコ研究も行われています。これはReplacementの事例といえます。

動物実験は新薬開発に貢献‐代替評価法に大きな期待

 ――なぜ、動物実験は必要なのですか。

 医薬品の候補化合物の有効性と安全性は、最終的にはヒトを被験者とする臨床試験で評価する必要があります。しかし有効性や安全性について何も情報がない未知の化合物を、いきなりヒトに投与することは倫理的ではありません。有効性と安全性のスクリーニングには、まず動物実験によりそれを確認することは、被験者への危険が少なく、効率的な開発法となります。

 医学研究において被験者の人権と安全を守ることの重要性は、ヘルシンキ宣言にもICHガイドラインにもうたわれております。臨床試験に先立ち動物実験を実施することは、国際的な人権規範や薬機法(旧薬事法)、関連法規の求めるところに従うものであり、製薬企業が根拠なくやみくもに行っているわけではありません。

 帯状疱疹治療薬「ソリブジン」のように開発途上から薬物相互作用が予測されたにもかかわらず多くの犠牲者を出した事例や、「TGN-1412」事件のように類薬の情報が治験担当者に伝達されずに深刻な健康被害をもたらした事例もあります。3Rsの追求と共に、せっかく実施した動物実験の成果を無駄にすることなく、的確に治験担当者に伝達することが重要です。

 ――製薬企業は動物福祉・愛護の観点で今後どう動物実験を実施していく必要がありますか。

 一つはレギュラトリーサイエンスです。医薬品は作用機序や対象疾患も多様であり、用法・用量も個別的です。ガイドラインに記載されていても不必要な試験があり、逆に記載されていなくても実施すべき場合もあります。開発担当者は個々の被験物質に応じて必要な試験やその内容を科学的・主体的に判断していく義務と責任があります。

 例えば、文献的考察で十分であり、動物実験が不要と判断できるのに、医薬品医療機器総合機構(PMDA)から実験データの不備を指摘されるかもしれないと心配して、動物実験を追加実施するケースがあります。社内で動物実験の要・不要の意見が分かれる場合には、積極的にPMDAの安全性相談を行うことを推奨します。

 私が製薬企業に在籍した頃の話ですが、前任者がラットとイヌの反復投与毒性試験を計画しており、私は試験を行う必要がないと意見が対立したことがありました。そしてPMDAへの安全性相談を利用し、「試験を行う必要がない」との回答を得ることができ、約8000万円のコスト削減を実現しました。同時に実験動物の命も奪わずに済みました。

 もう一つは動物実験代替評価法の研究開発です。動物試験からインビトロ試験への代替が検討されていますが、微量の医薬品をヒトに投与するマイクロドーズ臨床試験も動物試験を代替する有望な手法だと思っています。動物実験は臨床試験の「代替法」であり、被験者の安全性が担保されるならば、ヒトを被験者とする臨床試験を早期に実施することが、確実で効率的な医薬品開発といえるでしょう。

 しかし、開発段階にある薬剤の安全性評価では、現段階のサイエンスの常識に基づいて、どういった動物試験を実施していくかを考えるのが現実的であり、動物実験反対運動に迎合して行き過ぎた3Rsの追求になってはいけないと思います。

企業は説明責任果たすべき‐反対派も傾聴する姿勢を

 ――アカデミア発創薬も増えてきています。

 心配なのは、動物実験を行っていても動物実験施設の第三者認証を取得していない中小の大学や研究機関が多くあることです。動物実験を行う場合には、正しい実験動物の教育訓練を受けた研究者・技術者が担当すべきです。

 また、各施設では動物実験委員会を設置しているかと思いますが、それが的確に機能しているかがよく分からない。きちんとチェックしていく体制が必要だと思います。

 適正な動物実験を行うためには、ヒト・モノ・カネが必要です。いまはアウトソーシングの時代といわれ、いろいろな形でのダウンサイジングがなされていますが、生命科学研究も例外でいいはずがありません。人員面でも資金面でも余裕のない施設は、自ら動物実験をすることに固執するのではなく、受託研究機関(CRO)に外部委託したり、力のある施設との共同研究を行うことに躊躇すべきではないと考えます。

 ――現在の実験動物福祉・愛護の動向はどうなっているのでしょうか。

 欧州では2009年に、化粧品に対しては「美のために実験動物の犠牲は要らない」とのキャンペーンにより、動物実験は全面禁止となりました。わが国でも、資生堂など国内化粧品メーカーも国内での動物実験を廃止する企業が増えてきました。

 メーカーとしては、消費者の健康被害を起こすことは製造物責任上あってはならないことで、まさに「薄氷を踏む」決断であったと思います。これにより、新規成分の化粧品の開発は事実上不可能となったことを意味します。

 しかし、医薬品の場合には、いまだに治療法のない病気で悩んでいる患者さんは少なくなく、新薬開発は必須で、これを動物実験なしで行うわけにはいきません。

 ただヒト由来iPS細胞の導入など、疾病の治療法も長足の進歩を遂げることが予想され、これに呼応した動物実験:有効性・安全性の新しい評価系も開発されていくでしょう。

 ――製薬企業と動物実験反対活動家との関係性をどう改善していくべきですか。

 動物福祉・愛護団体もたくさんあり、それぞれで動物実験に対する考え方が異なります。動物実験の彼方に疾病の治療という崇高な使命があることをよく理解したうえで、動物の福祉をできる限り求めることを目指す団体もあり、このような集団とは相互理解が可能と考えられます。

 しかし、動物実験は動物の権利の侵害であり、ヒトは動物に苦痛を与え殺す資格はないとし、動物実験は一切認めないとするアニマルライツの理念に基づく活動家もいらっしゃいます。動物実験を全否定する集団に対しても粘り強く、動物実験の重要性を訴え、理解を求めていく必要があります。

 動物実験担当者側は動物実験反対の活動家に対して、「感情論に終始しサイエンスや医療環境をベースとした対話が成立しない」「相手にすると、きりがない」という印象を抱いて、対話を阻む土壌があるように思います。

 一方、動物実験廃止運動側は、「動物実験現場は密室であり、どのような残酷なことをしているか分からない」「接触を避け、対立関係を保持することが動物実験廃止への近道」としており、動物実験実施側と反対側が別々に自らの主張を展開しています。

 研究者側は動物実験反対運動を行う活動家への説明責任を果たしていないし、逆に動物実験廃止を唱える人たちは製薬企業の説明に対して傾聴する姿勢がないように思います。まずは両者が対話していく環境が必要でしょう。

 製薬企業は動物実験を「必要悪」と決めつけて首をすくめて見せるのではなく、必要とする患者さんに必要な医薬品を届けるという崇高な目標にあることを説明し、「悪」ではなく「善」であることを誠実に説明する不断の努力を図るべきです。動物実験に反対する活動家は、単に動物実験に抗議し反対するのではなく、種々の社会的要因を鳥瞰的にとらえ、その中で製薬企業に対して動物実験を廃止する科学的具体的な道筋を提案していくべきでしょう。

 日本学術会議は「動物実験に対する社会的理解を促進するために」という提言を行い(2004年)、「動物を科学研究に用いることに対する反対運動は根強い。動物実験そのものを否定する一部の動物愛護主義者すらあり、様々な面で研究活動に支障を来している。この問題に対しては、研究者側と反対運動側の対立を先鋭化させるのではなく、広く社会の理解を求めて必要な科学研究を支障なく実施し得る環境を育て、人類の健康・福祉に貢献するよう努めることが重要である」と述べています。

動物福祉を考える~医薬品開発の動物実験 目次




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