根拠に基づく医療と訳される「EBM」。その概念が提唱されてから四半世紀が経過したが、日本の薬剤師にEBMの実践が幅広く浸透したとは言えないのが現状ではないだろうか。
確かに、大学病院や地域の基幹病院で働く薬剤師や、中小病院でも熱心に業務に取り組む薬剤師など、日常的にEBMを使いこなしている薬剤師は少なくない。とはいえ、EBMをどのように業務に役立てればいいのか分からない薬剤師の方が圧倒的に多いという印象は否めない。
それはとても、もったいない話だ。EBMは、文献などの科学的な根拠に医療者の経験、患者の個別性や環境などを総合的に考慮して行う医療のことを指している。疫学の考え方を取り入れて医療を評価することが、以前にはない新たな視点だ。EBMはいわば、医療者の1人として身に付けておくべき必須の考え方や技術ともいえる。海外の英語文献を検索し、要旨を把握するテクニックに注目が集まりがちだが、それはEBMの一要素に過ぎない。
うまく活用すればEBMは、薬剤師の業務を根底から下支えするツールになり得るし、日常業務の質も大幅に高められる。医師の信頼を獲得したり、患者との距離も縮まったりするだろう。最終的には、その患者にとって最適で満足度の高い医療の提供につながる。
今後、薬剤師にEBMの活用が求められる場面は増えると見込まれる。その一つが多剤併用(ポリファーマシー)の適正化だ。複数の薬剤の中から、飲み続ける必要性が高い薬やそうでない薬を評価する上で、EBMは役立つ。それは疑義照会にしても処方設計の提案にしても同様だ。
このほか国は今後、高額な新薬ばかりが処方される現状を改め、年月は経ていても有効性や安全性、経済性に優れた同種同効薬を積極的に使用する方策を進めたい考えだ。その推進役として、薬剤師がEBMを使いこなすことへの期待は、より強まるだろう。
EBMは、医療関係者の注目を集めた時期を経て下火になった印象が強かったが、近年になって新たな動きが出てきている。その一つが「薬剤師のジャーナルクラブ」(JJCLIP)だ。
JJCLIPは愛知、広島、栃木の薬局、病院で働く3人の薬剤師が発足させた論文抄読会。インターネット上でラジオのように音声情報を発信できる仕組みを使って月1回、仮想症例をもとに臨床疑問を立て関連文献を3人がネット上で読み解いている。毎回多数の視聴者を集め、EBMの実践に取り組む薬剤師の育成に貢献している。
JJCLIPの3人は「私たちの願いはEBMという言葉がこの世からなくなること」としているが、まさにその通りだ。将来はことさらその意義を強調する必要もなく、当然のツールとして薬剤師の業務にEBMが活用されるようになればいい。