順天堂大学大学院医学研究科ゲノム・再生医療センターと慶應義塾大学、東京大学、昭和医科大学らの共同研究グループはこのほど、ATMキナーゼ阻害剤KU60019によって、ヒトiPS細胞由来神経細胞に老化細胞の特徴を誘導する技術を開発した。同研究は、KU60019がアルツハイマー病およびパーキンソン病iPS細胞モデルで老化様の状態を再現し、疾患関連表現型の検出までの期間を大幅に短縮させた。さらに、若年者から採取した皮膚線維芽細胞に対しても老化様変化を誘導するため、細胞老化研究への応用も期待される。
ヒトiPS細胞由来神経細胞は神経疾患の研究に有用だが、パーキンソン病やアルツハイマー病など高齢で発症する疾患では、老化情報がリセットされた状態であるiPS細胞を用いると、老化による病態を再現しにくいことが課題だった。今回の研究では、化合物処理によりiPS細胞由来神経細胞に細胞老化様状態を誘導する手法を開発した。
まず、同研究グループは、ヒトiPS細胞由来神経細胞の成熟および老化関連変化を促進する化合物を探索するため、化合物のスクリーニングを行った。その結果、ATMキナーゼ阻害剤であるKU60019を同定。KU60019をヒトiPS細胞由来ドパミン神経細胞に処理すると、ドパミン神経細胞への分化効率には大きな影響を与えず、神経突起の伸長や電気的活動が促進された。
さらに、KU60019処理細胞では、細胞老化の指標であるSA-βGal陽性細胞の増加に加え、DNA損傷応答の変化、核膜構造異常、オートファジー異常、NAD/NADH比の低下など、細胞老化に関連する複数の特徴が認められた。この作用は、若年者由来皮膚線維芽細胞やSH-SY5Y細胞でも認められ、KU60019処理後の若年者由来皮膚線維芽細胞の遺伝子発現パターンが、老年者由来皮膚線維芽細胞に近づくことが示された。
また、KU60019誘導性の老化様細胞は、HSP90阻害剤やBCL-2ファミリー阻害剤により減少し、既知の老化細胞と同様に特定の細胞生存経路に依存して維持されている可能性が示された。
さらに、KU60019をアルツハイマー病およびパーキンソン病のiPS細胞由来神経細胞モデルに応用した。アルツハイマー病モデルでは、家族性アルツハイマー病の原因遺伝子の一つであるPSEN1に変異を有する神経細胞で、アルツハイマー病に関連するAβ42やリン酸化タウの増加、細胞生存率の低下がより早期に観察された。パーキンソン病モデルでは、疾患由来ドパミン神経細胞で、細胞死に関連する疾患表現型がより明確に認められ、生存している細胞の割合が低下した。
こうした結果から、KU60019処理は、iPS細胞由来神経細胞を老化様状態に誘導し、加齢関連神経変性疾患の疾患関連表現型を効率的に検出するための有用な方法であることが示された。
同研究で示されたKU60019処理は、複雑な遺伝子操作を必要とせず、化合物処理によりiPS細胞由来神経細胞に細胞老化様状態を誘導できる簡便な方法といえる。そのため、アルツハイマー病やパーキンソン病をはじめとする加齢関連神経変性疾患の病態解析や、治療薬候補の探索を効率化する技術基盤となることが期待される。また、若年者由来線維芽細胞でも、KU60019処理により老年者由来細胞に類似した老化関連変化が認められた。
今後、グリア細胞や他の疾患関連細胞種でも同様の作用が認められるかを検証することで、神経変性疾患研究にとどまらず、細胞老化研究全般への応用が広がる可能性がある。
この研究本論文は、11日付のStem Cell Report誌のオンライン版に公開された。
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