神経保護作用による多発性硬化症の治療薬MN-166への期待
1. 多発性硬化症の課題
前回は、現在の治療薬の課題と、それを克服するための新しい治療薬の開発状況についてお話しました。現在の多発性硬化症治療薬の課題を列記すると次のようになります。
- 第一次第二次進行型多発性硬化症に有効な治療薬
- 経口薬
- 長期服用可能な安全な治療薬
- 第一次選択薬(ABCR)に無効な再発寛解型多発性硬化症患者に有効な薬
βインタフェロンが登場し、再発寛解型の多発性硬化症に治療の道が開かれました。しかし、βインターフェロンは、風邪の発熱状態ような症状、うつ、肝障害及び血液異常などの副作用が報告されています。また、現在の第一次選択薬(βインターフェロンやCopaxone)は全て、点滴または静脈注射により投与されるため、注射部位の痛み、腫れ、痒みなどを伴います。さらに、βインターフェロンは、再発寛解型の多発性硬化症には効果がありますが、第二次進行性多発性硬化症や第一次進行性多発性硬化症には、効果がありません。多発性硬化症が慢性疾患であることから考え、特に再発寛解型の治療薬には、経口薬の開発が望まれています。
最近、タイサブリという抗体医薬が登場し、βインターフェロンを凌ぐ有効率が高いことや脳での病変の進行が抑制されることが示され注目を浴びましたが、残念なことにPML(進行性多病巣性白質脳症)が発症することが報告され、複数の死者が出ています。タイサブリは、βインターフェロンに無効な人にも有効なことが示されましたが、安全性に問題があること、進行型の多発性硬化症には有効性が認められないこと、注射薬であること、非常に高価な薬であること、など多くの課題を抱えています。
そのほか、多発性硬化症が自己免疫疾患であることから、免疫機能を弱めることにより、多発性硬化症を治療しようとする薬も開発されてきています。現在、βインターフェロンとともに第一選択になっているCopaxoneはこのタイプの薬です。しかし、この薬も進行型多発性硬化症には有効ではなく、注射薬であること、免疫機能を長期間抑制することへの安全性、という課題を抱えています。
このタイプに属する薬として注目を浴びている薬がFTY-720という薬です。まだ未承認ですが、世界で初めての経口薬であること、βインターフェロンを凌ぐ有効性、という特徴をもっています。FTY-720は、体液に循環している免疫白血球細胞(T-cellなど)を、一時的にリンパ節に寄せ集めることにより、過剰な免疫応答を抑制し多発性硬化症などの免疫疾患を治療する薬です。FTY-720のPhaseIII試験の結果が一部発表されましたが、有効性は素晴らしいものでしたが、用量相関性には課題があったようです。すなわち、低用量のほうが高用量投与群(投与常用量)より有効率が高かったことです。FTY-720も免疫系を抑制する薬であることから、長期間服用した場合、すなわち、長期間免疫抑制下におかれた場合、安全性に危惧があり、少しでも低用量のほうが好ましいと考えられているようです。大規模な臨床試験が行われた臨床試験で、感染症と関連した副作用が2例(1例が死亡)発症しており、安全性については懸念が残ります。多発性硬化症に求められる薬は、経口薬で、安全に長期間服用できる薬が必要です。
2. 免疫保護作用による多発性硬化症の治療薬MN-166-長年の実績に基づく高い安全性
前回までに詳しく述べたように、多発性硬化症は中枢神経系の炎症性慢性疾患です。自己免疫機構が抗体と白血球に対して髄鞘内のたんぱく質を攻撃するよう指令を出すため、神経髄鞘が攻撃され、神経が損傷を受ける病気です。時間の経過と共に、筋肉の運動や力、感覚、視覚などをコントロールする神経が損なわれ、その結果、運動障害、機能低下、認知力の低下などが現れます。
この病気にもっともよく見られるタイプは再発と寛解を繰り返す病状の多発性硬化症で、全体の患者の55%程度がこの再発寛解型の多発性硬化症だといわれています。現在の治療薬では、この再発寛解型に有効な薬しかありません。再発寛解型多発性硬化症患者の多くのが、継続的な機能障害を伴う二次進行型多発性硬化症(SPMS)を発症しますが、残念なことに、この病状に有効な薬は開発されていません。現在承認されている薬も、また、開発途上にある薬も、再発を予防し寛解期を延長することに絞られており、二次進行型多発性硬化症の発症を間接的に予防しています。
多発性硬化症の治療薬は、他の慢性疾患と同様に、有効性はもとより、安全性や服用のし易さが求められる薬です。そのため、有効性が高いこととともに、利便性の高い経口薬で、長期間の服用にも安全な薬が求められています。また、症状によって他の薬との併用療法が考えられますが、作用機序の異なった安全な経口薬の登場が待たれています。
1) 神経保護作用による脳の萎縮の抑制
現在、メデシノバ・インクが開発しているMN-166は、神経の保護作用と抗炎症性という両面を併せ持った薬で、特に、神経保護作用を通じて、多発性硬化症が治療できる特徴が注目されています。多発性硬化症の治療の研究分野では、今まで免疫機構の解明とそれを緩和する研究が中心でしたが、最近では、軸索の損傷に関する研究が進んできており、免疫抑制型のような治療から、軸層を保護するような治療薬の開発が注目されています。多発性硬化症における身体障害の原因と思われる軸索の損傷に新たな注目が集まっているのです。
臨床的には、軸索の消失を直接診断することはできませんが、関連性の高い代用判断基準として、脳の萎縮や脳での病変個所をMRIで測定する方法があります。多発性硬化症の臨床研究からも、MRIで測定した脳萎縮の変化と身体障害のレベルの変化に関連性があることが多く報告されています。そのため、最近の多発性硬化症の臨床試験でも、脳の萎縮を多発性硬化症患者の病気の進行に関連するマーカーと見て、評価項目に加えています。
MN-166は身体的障害を示す評価項目においても、βインターフェロン等と遜色ない有効率を示していますが、その上、MRIでモニターされる脳の病変の改善にも高い有効性を示しています。このことは、抗炎症性のほかに神経保護作用により、脳内での病変個所の改善や脳の萎縮を改善していることを示しています。最近の臨床試験(297名の患者を対象として行われたフェーズII臨床試験)の結果からも、最初の再発までの経過時間および全く再発しなかった患者のパーセンテージが著しく増加し、さらに、プラセボ投与の患者と比較して、脳重量の損失が顕著に減少していることが観察されています。このことは、このMN-166が、神経保護薬としての作用機序を通じて中枢神経を保護し、脳内の病変個所を改善し、脳の萎縮も減少していることが推測され、多発性硬化症の身体的障害の進行と抑制し、再発を予防し寛解時間を延ばせていることを物語っています。
2) 高い安全性―「ケタス」という名で広く長期に使用された安全性の証明
MN-166は、一般名イブジラストと呼ばれる薬で、「ケタス」という商品名で、日本やアジアの一部の地域で、気管支喘息および脳梗塞の薬としてすでに販売され、長期にわたり・使用されており、多くの人に服用されてきています。その結果、安全性に大しては、全く問題がなく、非常に安全な薬といえるでしょう。
3. 多発性硬化症のまとめ
多発性硬化症は、βインターフェロンの登場により治療の道が開かれましたが、再発寛解型しか効果がありません。多発性硬化症は慢性疾患であることから、特に再発寛解型の病状には、利便性の高い経口薬の開発が待たれていますが、FTY-720やMN-166などの有効性の高い経口薬が開発されてきています。さらに、臨床面での研究から、多発性硬化症の身体的障害が、脳の萎縮や病変部位での病状の進行と関連付けられ、免疫機構の解明や神経保護作用の解明が進むと共にFTY-720のように免疫機構に関連した白血球のリクルートを改善する薬や、神経損傷を保護することで脳の萎縮や病状の改善を行い多発性硬化症の進行を抑制するMN-166などの新しい概念の薬が登場しようとしています。
安全性の面から考えると、長期の服用に耐えるためには、まだ未解決な部分が残る免疫抑制剤よりも、神経保護作用などによる多発性硬化症の治療薬が望ましいと考えられます。
多発性硬化症の治療薬は、今後、いろいろな薬との併用療法が進むと考えられ、有効性はもとより、安全性の高い実績を持った薬が尊ばれるようになると考えられます。作用機序の面から、また、安全死の実績の面から、MN-166の登場が待たれています。
連載 日本の創薬技術と世界
- 第9回 アレルギー疾患・喘息(その3)
- 第8回 アレルギー疾患・喘息(その2)
- 第7回 アレルギー疾患(その1)
- 第6回 多発性硬化症(その4)
- 第5回 多発性硬化症(その3)
- 第4回 多発性硬化症(その2)
- 第3回 多発性硬化症(その1)
- 第2回 自己免疫疾患はなぜ起こる
- 第1回 はじめに
- 「日本の創薬技術と世界」連載開始!