喘息薬のアンメットニーズと将来の治療薬
1.現在の治療薬の課題
(1) 喘息患者の現状
WHOの報告では、世界の喘息患者は約3億人に上ると推定され、そのうち25万人が喘息のために死亡しています。国内でも、2005年の統計では、喘息患者は約235万人と推定され、3198名の方がなくなられています。喘息の診断方法や治療法が大きく進展してきたにもかかわらず、依然として、喘息(気管支喘息)は年々増加する傾向にあり、喘息による緊急入院数や死亡数も一部の国を除いて増加しています。日本では北欧と同様に死亡例が減少に転じていますが、依然として多くの人が喘息に苦しんでいます。
(2) 現在の治療薬の限界
治療法の発展は、主に、新しい治療薬が開発された成果が挙げられます。特に、ステロイド薬とβ2刺激薬の効果が大きいといえます。喘息薬は、大きく分けて、発作症状が出たときにその症状を抑える発作鎮静薬(リリーバー)と、喘息発作が起こらないように日常的に管理する長期管理薬(コントローラー)に分かれますが、最近では、ステロイド薬と徐放性β2刺激薬の合剤など新しい薬が開発され、軽症持続型の喘息や中等症持続型の喘息の患者さんたちにとって、有効性においても利便性においても満足度の高い薬が開発されてきています。一方、重篤な喘息の患者さんにとっては、発作時に使用するリリーバーについては満足度の高い薬がありません。リリーバーとしては、気管支を拡張して気道を確保することが必要であることから、現在では、吸引型のβ2刺激薬の使用が推奨されています。しかし、重篤な患者さんでは、吸引型のβ2を服用しても、気道が狭くなっているため患部に薬が到達し難く、効果が出るまでに時間を要するのが欠点となっています。
(3) 喘息薬のアンメットニーズ
喘息発作のリリーバーとしては、気管支拡張薬、特に、β2刺激薬の使用が推奨されています。β2刺激薬とは、アドレナリンβ2受容体を刺激する薬です。よく知られているとおり、アドレナリン受容体にはα受容体とβ受容体があり、β受容体にはβ1受容体とβ2受容体があります。β1受容体は心筋に多く存在し、β2受容体は気管支や肺など平滑筋に多く存在します。β2刺激薬は、β1受容体に作用せずにβ2受容体のみに作用することが理想的ですが、残念ながら、β1受容体に全く作用しない薬はありません。そのため、β2刺激薬の欠点は、心筋や血管への副作用が挙げられています。吸引薬の場合は、優先的に気管支や肺に入っていくため、β1受容体への副作用が軽減されますが、重篤な患者への緊急治療の場合には、気管支が狭窄しているため吸引での投与では患部に薬が到達できず、必要な気管支拡張効果が得られません。そのため、気管支拡張剤の注射剤が必要となりますが、効果の高いβ2受容体刺激薬を用いると、循環器系への副作用の懸念が生じます。そのため、緊急を要する喘息発作の場合には、β2受容体への作用がβ1受容体への作用に比べて飛躍的に高い薬、選択性の高い薬が必要です。現在、比較的選択性の高い薬が登場していますが、それでも、心筋や血管系への副作用が報告されています。安全な緊急用喘息発作のリリーバーとして、より一層β2受容体に選択性の高い薬の登場が待たれています。
2.重篤な喘息救急医療
喘息患者の25%程度が入院を必要とする患者さんです。特に。緊急入院が必要な重篤な患者の場合は、患者さんの気管支が狭くなっているため吸引型のβ2刺激薬では患部に届きにくいため、点滴静注などによる即効性の高い気管支拡張剤が必要です。現在の気管支拡張剤には注射薬もありますが、即効性や安全性の面で満足される薬はありません。気管支拡張効果の面ではβ2刺激薬が適していますが、静脈注射として用いた場合心筋への負担が心配です。喘息の救急医療の現場では、心筋の負担の少ないβ2刺激薬の登場が待たれています。
3.MN-221の役割と期待
現在、メディシノバが開発している薬にMN-221という開発番号の薬があります。この薬は、キッセイ薬品が切迫性早産の薬として開発していた薬です。切迫性早産とは、妊娠早期(妊娠22週以降37週未満)に陣痛症状がおこり、早産する危険性のある状態をいいますが、この症状に対し、子宮筋弛緩剤としてβ2刺激薬を投与して子宮の収縮を抑制し、早産を避ける薬です。この薬の特徴は、β1受容体への作用が乏しく、β2受容体への選択性が非常に高いことが特徴です。切迫性早産が起こった場合にも、静脈注射により、妊婦さんの心筋への負担を懸念することなく、安心して早産の治療に用いることができることが証明されています。
この特徴を、喘息薬として利用できれば、安全で即効性の高い救急用喘息発作鎮静薬になることが期待されます。メディシノバでは、キッセイ薬品からライセンス導入し、救急用喘息発作鎮静薬(静脈注射)の開発が進められています。現在、いくつかのPhaseⅡ試験が実施されていますが、予期されたように、即効性の高い治療薬であることが証明されつつあります。
現在実施されている米国でのPhaseⅡ臨床試験でも、MN-221の認容性は良好で、重大な有害事象は認められていません。緊急入院を要する重篤な気管支喘息を有する患者さんにとって、緊急処置に利用できる安全で、即効性の高い静注薬MN-221の登場が待たれています。
連載 日本の創薬技術と世界
- 第9回 アレルギー疾患・喘息(その3)
- 第8回 アレルギー疾患・喘息(その2)
- 第7回 アレルギー疾患(その1)
- 第6回 多発性硬化症(その4)
- 第5回 多発性硬化症(その3)
- 第4回 多発性硬化症(その2)
- 第3回 多発性硬化症(その1)
- 第2回 自己免疫疾患はなぜ起こる
- 第1回 はじめに
- 「日本の創薬技術と世界」連載開始!