アレルギー疾患とその要因
前回までは、免疫系が関係する病気のうち、自己の細胞や組織が自己の免疫機構により攻撃される自己免疫疾患について、多発性硬化症を中心にお話をしてきましたが、今回から、免疫が過剰に反応するために生じるアレルギー疾患について、喘息を中心に考えてみたいと思います。
1. アレルギー疾患とは
私たちの周りには、細菌やウイルスの他、空気中の塵やダニ、花粉、あるいは食物など多くの物質に囲まれて生活をしています。これらの物質から身を守ってくれているのが免疫という仕組みです。アレルギーもこの免疫反応の一つですが、外からの異物に対して免疫機能が過剰に反応し、自分の体に炎症をもたらすことをアレルギーと呼んでいます。アレルギーにより起こる病気(アレルギー疾患)にはいろいろありますが、食物アレルギーやアトピー性皮膚炎、喘息、鼻炎(花粉症)、腸炎などが広く知られています。
アレルギーの原因には諸説ありますが、遺伝的な要因と環境的な要因が考えられます。遺伝的な要因としては、たとえばアトピー性皮膚炎の場合、両親とも罹患経験がない子供の発症率は10%程度と低く、両親のうち片方の親にはり患経験がある場合は30%前後と高くなり、両親ともアトピー性皮膚炎にかかった経歴がある子供については、60~80%の子供に発症するといわれています。最近では、アトピーや喘息などアレルギー疾患に関与する遺伝子がいくつも見つかってきています。
アレルギーの発症を、病気別に年齢を見ると、生まれて間もない乳幼児は、牛乳や卵などの食事が原因のアレルギーに罹り、アトピー性皮膚炎では、発症年齢をみると大半が2、3歳までの幼児期に多く発症します。気管支喘息などは、もう少し発症年齢が遅くなりますが、7割以上の人が小学校低学年までに発症するといわれています。最近、花粉症の人が増えていますが、花粉症などの発症は過半数が成人になってから発症しているようです。そのように、アレルギー疾患の症状も年齢とともに変化します。
図-1は、喘息、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎について、年齢別に患者の割合を見たものです(数中は、厚生労働省:平成17年度患者調査より)。この数値は、発症年齢ではなく、病院にかかった患者の年齢別の集計ですが、アトピー性皮膚炎や喘息では小児の患者が多くいることを示しています。
環境因子については、食物の変化(欧米化)や都市環境の悪化、忙しい毎日を送るためのストレスなどが考えられます。厚労省のデータ(1999年度)のデータでは、都市部でのアレルギー性疾患の患者数は、郡部の患者数の約1.4~1.5倍多いと報告されています。空気がきれいでストレスも少ない郡部のほうがアレルギー疾患にかかりにくいことを示しており、アレルギー疾患が、遺伝的な要因のみではなく、環境の要因も重要であることを示しています。
2. アレルギーはどうしておこるのか
アレルギーは遺伝的な素因と環境要因で起こると述べましたが、そのメカニズムについて、簡単に説明します。
体に侵入した異物を「抗原」と呼ぶことは以前に述べましたが、特に、アレルギーを起こす抗原を「アレルゲン」と呼んでいます。アレルギー反応には4種のタイプが知られていますが、喘息やじん麻疹、鼻炎や花粉症などはⅠ型と呼ばれる免疫グロブリンE (Ig-E) が関与するアレルギーです。
鼻や喉などの粘膜、皮膚、腸管などからアレルギーの原因となる物質(アレルゲン)が侵入すると、異物を見張っている白血球の仲間の抗原提示細胞がアレルゲンを見つけ、この情報をT細胞といわれる白血球に知らせ、T細胞の指令により、このアレルゲンに応答するIg-Eを、同じ白血球の仲間のB細胞に作らせます。B細胞から生産されたIg-Eが、粘膜や皮膚・腸管に存在する肥満細胞の表面の受容体と結合すると、肥満細胞からヒスタミンやロイコトリエンと呼ばれる炎症に関係する化学物質が放出され、炎症がおこります。鼻の粘膜の肥満細胞で起これば鼻炎に、気管支の粘膜で起これば気管支喘息、皮膚で起こればアトピー性皮膚炎になります。
ではなぜアレルギーにかかる人とかからない人があるのでしょう。アトピー性皮膚炎の患者さんや気管支喘息の患者さんの血液を分析すると、患者さんでは、血液中のIg-Eの量が、健常な人より10倍も100倍も高くなっています。そのため、健常人とアレルギーにかかる人では、Ig-Eを作る能力に差があると考えられています。Ig-Eの生成は複雑なネットワークを経由して制御されていますが、アレルギー体質の人は健常人より、遺伝的にB細胞のIg-E生成能力が高いか、Ig-E生成を促す活性が高いと考えられます。
3. 喘息はどのように起こるのか
アレルギーの起こるメカニズムを簡単にお話ししましたが、喘息(気管支喘息)を例に、もう少し詳細に病気の起こる仕組みをみてみましょう。喘息には、アレルギーが原因で起こるアトピー性喘息(アトピー;アレルギーを起こし易い体質を意味)と、アレルギーが関与していないと考えられる喘息(非アトピー性喘息)や、アスピリンなど化学薬品などによりおこる喘息(アスピリン喘息)などがあります。小児喘息の場合は、ほとんどがアレルギー喘息ですが、成長してから喘息を患う人では、原因が複雑で、アレルギー性のかどうか不明な場合が多いとされていますが、ここでは、アトピー性(アレルギー性)喘息を中心に述べます。
先に述べましたように、アトピー性喘息は、花粉症や蕁麻疹と同様、遺伝的な素因に基づいて発症する生まれつきの過敏症(アレルギー)であると考えられています。過敏症の素因があるかどうかは、家族のアレルギー疾患(喘息、アレルギー性鼻炎、結膜炎、アトピー性皮膚炎など)にかかったことがあるかどうか、種々のアレルゲンに対する反応を皮膚テストや血中の特異的IgE抗体の測定(RASTなど)の陽性、血清総IgE抗体を測定すれば容易にわかります。また、喘息を発症させるアレルゲンには、ダニ、ハウスダスト、花粉、カビ、昆虫、食物(牛乳、卵など)のほか、ペット(猫、犬、ハムスターなど)などの毛などあり、主なアレルゲンが何かを判定することもできます。
喘息は、空気の通り道である気道(気管支など)に炎症が起き、空気の流れが制限される病気で、気道がいろいろなアレルゲンに過敏に反応して、発作的に咳や喘鳴(ぜいぜいという音)、さらには軌道か狭くなるために呼吸困難を起こす疾患です。気流が制限される場合、軽いものから死に至るほどの重度なものまでありますが、治療により多くは回復できる病気です。しかし、長く罹っていると、炎症とその修復が繰り返される結果、気道の壁が厚くなり、気流制限が元に戻り難くなります。さらに、気道の敏感さ(過敏性)も増し、回復しがたいような症状に進むケースもあります。
喘息は、アレルゲンなどの刺激により、10~20分後には「即時型反応」と呼ばれる症状が生じ、その後、3~8時間後に「遅発型反応」と呼ばれる喘息症状が起こります。アレルゲンが次々に刺激を与える場合、複雑な「即時型反応」と「遅発型反応」が重なり合う状況を引き起し、やがて慢性化します。さらに慢性化状態が長く続くと、「気道リモデリング(不可逆変化)」と称する治療が困難な状態になります。その過程を箇条書きで述べると次のようになります。
(1)アレルゲン(アレルゲン:ダニ、ホコリ、カビ、花粉、ペットの毛など)により、気道が刺激され、気流が通りにくくなる。(「即時型反応」)。
(2)アレルゲンが、肥満細胞の表面についているIgE抗体と反応し、肥満細胞が刺激されて、ヒスタミンやロイコトリエンなどの化学伝達物質が放出される
(3)気道の平滑筋が収縮し、息苦しさを覚える
(4)気管支の内腔をおおう粘膜にじん痲疹のような炎症がおき、粘膜がむくむとともに、粘膜の腺細胞から粘液が分泌されて痰が生じ、気道の内腔を埋め尽くし気道が狭くなる
(5)一連の「即時型反応」が1時間ほどで治まる
(6)最初のアレルゲン吸入後から数時間後、好酸球などから主要塩基性タンパク質(MBP)や組織障害性タンパク(ECP)、血小板活性化因子(PAF)などの化学伝達物質が放出される
(7)MBPやECPなどが気道の粘膜に炎症を生じさせ、「遅発型反応」が発生する
(8)(1)~(7)を繰り返すと慢性ぜんそく状態になる
(9)慢性喘息の状態が長く続くと、気道の形状が変化し気道が元の状態に戻らなくなる(気道リモデリング)。この段階まで進むと、治療が難しくなってしまうため、治療は可能な限り早期に実施する
以上のようなプロセスで、喘息が進行します。
次回は、現在の喘息の治療の現状についてお話します。
連載 日本の創薬技術と世界
- 第9回 アレルギー疾患・喘息(その3)
- 第8回 アレルギー疾患・喘息(その2)
- 第7回 アレルギー疾患(その1)
- 第6回 多発性硬化症(その4)
- 第5回 多発性硬化症(その3)
- 第4回 多発性硬化症(その2)
- 第3回 多発性硬化症(その1)
- 第2回 自己免疫疾患はなぜ起こる
- 第1回 はじめに
- 「日本の創薬技術と世界」連載開始!