1.はじめに
「DDSの現状と展開」について、9回にわたり連載してきました。最後となる今回はDDSの未来、将来像について期待を含めて解説します。
2. DDSが目指すもの
20世紀後半には、多くの有効な薬剤が開発され、その恩恵は計り知れないものがありますが、一方、有効性が不十分であったり、副作用のために障害が生じたり、使い勝手が悪いため不十分な効果に留まったりすることがあることも明らかとなってまいりました。
DDSの目的は、この連載第1回、第2回に述べましたように、薬物を標的の臓器・組織に、必要な量、必要な時間投与することによって、薬物のもつ効果を最大限に発揮させ、薬物の副作用を最小限に抑え、使いやすい薬剤にすることにあります。このような理想的な薬物投与を可能にする主なDDS技術としては、ターゲティング技術、吸収促進技術、放出制御技術が挙げられますが、現実に製品化するためには、更に製剤としての生体適合性、品質安定性、生産性、経済性などが求められます。
創薬手段はコンピューターを使用した薬物デザインや大量の化合物ライブラリーから高速で有用物質を選別するロボットなど、多様化され効率化されてきましたが、一つの薬物分子の構造の中に、薬効・安全性・安定性・吸収性・持続性・標的指向性などの薬物として必要な諸性質を全て組み込むことは容易なことではありません。また最近はペプチド・タンパク質・糖タンパク質・DNA・RNAなどが医薬として注目されておりますが、これらに薬物として必要な諸性質を全て組み込むことは更に容易なことではありません。ここに、標的指向性のような特性を持たない多くの薬物に、DDS技術によって理想的な性質を付与することの重要性があります。
3. DDSと他の技術との融合
DDSの将来像を想定してみますと、既存の薬物に更に理想的な特異性を付与する製剤的DDSと更に積極的に創薬段階からDDS技術を取り込んで理想的な特異性を付与する創薬的DDSになると思われます。その基盤となるDDS技術である放出制御技術・吸収促進技術・ターゲティング技術は、薬剤学的研究に加えバイオ技術・ナノ技術・素材科学・IT技術・イメージング技術・分析解析技術などの発展と共に、それぞれに急速に発展していくでしょう。特にターゲティング技術の一層の発展が期待されているといえます。
第3期科学技術基本計画によると、政府は、約25兆円の研究開発投資を行い、重点推進4分野には優先的に資源配分がなされることになっております。重点推進4分野の内、ライフサイエンス、ナノテク・材料の2分野においては、DDSが重要技術として取り上げられております。取り組むテーマとしては、遺伝子治療、再生医療、癌治療、脳科学、分子イメージングなどが取り上げられております。これらのいずれのテーマにおいても重要技術の一つはDDS技術、特にターゲティング技術ということになると思われます。
ここでは、癌組織へのターゲティングのためのキャリアの設計技術に注目してDDS技術の将来を考えてみましょう。癌化学療法剤の問題点の一つは、その薬効発現量と副作用発現量が近いことであります。十分な治療効果が期待できる投与量では重篤な副作用が発現する可能性が大であります。これが癌化学療法剤を用いる治療の限界になっていると云われています。抗癌剤の正常組織・正常細胞への移行や尿排泄を最小にすることができれば、抗癌剤を腫瘍部位に選択的に送達させることが可能となり、副作用が低減し、癌治療を効果的に行うことができることになります。
4.パッシブターゲティングとアクティブターゲティング
腫瘍部位に集積可能な特性を持つキャリアに抗癌薬を包含させ、パッシブあるいはアクティブターゲティング機能により腫瘍部位に到達させた後、薬物を効果的に放出・作用させることができるDDSの開発が注目されてきています。このように、キャリアを用いた薬物・遺伝子・RNAなどのターゲティングは、DDSの中でも最も今後の発展が期待されている領域でしょう。
パッシブターゲティングを達成するための一つの方法は、正常部位並びに疾患部位に存在する特異な組織学的・生理学的特性を積極的に利用し、かつキャリアの大きさ・荷電・親水性/疎水性・分子量・崩壊性・放出性などの物理化学的特性を最適化して非特異的な相互作用を最小にすることにより、標的組織への集積・作用を図ることであります。癌組織では正常組織に比し高分子化合物が選択的に蓄積されるEPR効果があること、血管新生が盛んであること、癌組織の血管は昇圧ホルモンであるアンジオテンシンIIに対する応答能力が欠如していることなど癌組織にはいろいろな特異性が見出されてきております。抗癌薬の標的化にこれらの特異性を利用し、特異性応答能力を持たせた高分子化合物などの素材をキャリアとして利用することは極めて有用であると云えます。
アクティブターゲティングを達成するための一つの方法は、癌疾患部位の標的細胞・組織を認識し特異な生体反応を惹起する抗体・サイトカイン・成長因子・それらのレセプター・糖鎖などのリガンドをキャリア表面に有するキャリアに抗癌薬を包含させ、癌細胞・癌組織と選択的に結合させ、選択性のある薬物投与を図ることであります。具体的には各種癌抗原、上皮増殖因子レセプター、トランスフェリンレセプター、肝細胞のガラクトースレセプター、葉酸などが利用されております。
複数の応答能力を併せ持ったキャリア及び外部駆動力の併用(マルチターゲティング)、投与ルートの選択などが今後益々研究開発されていくものと思われます。現在研究されているシステムを略記すると次のようなものがあります。リポソーム(ステルス、イムノ、カチオニック、アニオニック、両性、感温性、膜融合性など)、ミセル(カチオニック、アニオニック、両性、イムノ、感温性、感光性、磁性など)、磁性ナノ粒子(細菌、酸化鉄、エアゾルなど)、ナノチューブ(カーボン、DNAなど)、生体高分子ナノ粒子(細胞透過性ペプチド、ヒアルロン酸、ゼラチンなど)、合成高分子ナノ粒子(PLA、PLGA、ポリブチルシアノアクリレート、ポリグルタミン酸、デンドリマーなど)、ナノゲル、リピッドナノ粒子、細胞、ウィルスなどが挙げられます。
これらのシステムは、癌組織へのターゲティングだけでなく他の疾患部位へのターゲティングへも応用可能であり、治療効果、生体適合性、品質安定性、生産性、経済性などから実現性が決まってくるといえます。
5.最後に
DDS製剤がスムーズに承認されるためには、企業側の努力に加え、DDSの非臨床評価・臨床評価などに関する行政・レギュレーションなどの合理的な簡素化、DDS製剤の薬価に関するコンセンサスに基づく新しいルールの確立・整備が必要となるでしょう。それに従いDDS製剤の開発が活発になり、その結果、恩恵を被る患者さんが増えていくことになるでしょう。
長い間お付き合い頂きまして、大変ありがとうございました。
連載 DDSの現状と展開
- 第10回 「DDSの将来像」
- 第9回 「DDSの医療以外への応用」
- 第8回 「医療現場で活躍するDDS製剤」
- 第7回 「エコ技術としてのDDS」
- 第6回 「DDSとがん治療」
- 第5回 DDSとバイオ製剤(2) ―ターゲット・徐放製剤の作製技術―
- 第4回 DDSとバイオ製剤(1) ―活性たんぱくの化学修飾技術―
- 第3回 「DDSと医薬開発システム」
- 第2回 「DDSの3大テクノロジー」
- 第1回 「DDSとは何か?」
- 「DDSの現状と展開」連載開始!