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【日本の創薬技術と世界】第3回 多発性硬化症(その1)

2009年03月02日 (月)

 前回、自己免疫疾患の概要を述べましたが、今回は自己免疫疾患の中で、多発性硬化症を取り上げて、ご紹介します。

多発性硬化症とは

 自己免疫疾患とは、自己の細胞や組織の成分を「異物」と誤認し、自己の組織や細胞を免疫系が攻撃するために生じる病気です。どこの組織や細胞の成分を誤認するかにより、疾患や病状が異なります。今回取り上げる多発性硬化症は、中枢神経系の髄鞘のミエリンタンパクが「異物」と誤認され、免疫系に攻撃されて起こる中枢神経疾患です。私達の神経は、家庭の電線とよく似ていて、電線に電気が流れるように神経に電気信号が流れています。電線ではショートしないように電線がビニールカバーで覆われていますが、神経では神経細胞から出る細い電線のような神経の繊維を髄鞘がカバーして電気信号がもれないようにしています。この髄鞘が免疫系の攻撃に晒されて剥がされ(脱髄)、神経繊維がむき出しになり神経の電気信号が伝わらなくなるためにいろいろな障害が起こる病気が多発性硬化症です。長い時間をかけて慢性的に発症し、視力障害や、手足の麻痺や歩行障害、種々の感覚障害等などいろいろな個所に多発的に障害が生じる病気です。

多発性硬化症の病状と病気の進行

 多発性硬化症は、神経の髄鞘に自己免疫反応がおこり、眼や脳、脊髄でミエリンの破壊が進行し、髄鞘や神経線維に損傷を生じる病気です。発症には遺伝的要因と環境要因の関与が考えられ、比較的症状の緩やかな寛解期と、症状が再び酷くなる再発期が交互に現れ、病状は時間とともに徐々に悪化していく病気です。感覚の異常や動作の異常が、現れたり消えたりするのは、髄鞘の損傷とその修復、そして再度の損傷が繰り返されるためと考えられています。

 多発性硬化症に特異的な初発症状はありませんが、視力障害が初期症状としては比較的多く観られます。多発性硬化症の全経過中で観られる主な症状は、視力障害、複視、小脳失調、四肢の麻痺(単麻痺、対麻痺、片麻痺)、感覚障害、膀胱直腸障害、歩行障害等であり、中枢神経の病変の部位によって異なります。

 多発性硬化症には、長い潜伏期があると考えられていますが、急に発症し、視力障害や運動障害などの自覚症状が出て、病院を訪れ多発性硬化症と診断されるケースが最も多いと考えられます。多発性硬化症の病状は、発症した後一旦症状の穏やかな寛解期が訪れますが、一定の期間の経過を経て再発を繰り返します。再発と寛解を交互に繰り返し、慢性的に経過するのがこの病気の特徴です。再発の回数は年に304回から数年に1回と人によって異なりますが、一般に若い頃に多く、歳とともに再発回数は減ってくるといわれています。再発を繰り返しながらも良い経過を保つ患者が少なからずいる反面、寛解期間が徐々に短くなり、再発の回数が増えていき、やがて寛解期のない進行性の症状に移行する場合も少なくありません。また、全体の数パーセントと少ないですが、徐々に発病し最初から再発期間が短くなるような進行性の経過をとるケースもあります。

 発病や再発の誘因として一定のものはありませんが、感染症や過労、ストレス、出産後などに発症や再発が比較的多くみられるため、感染症や過労、ストレス、出産等が再発の引き金ではないかと考えられています。

 以上を病気の進行状況からまとめると、次のように分類されます。

(1)再発寛解型(Relapsing Remitting:RR型):再発と寛解が繰り返される症状で後遺症は残る場合があるが、病状の持続進行はない。

(2)二次進行型(Secondary Progressive:SP型):RR型で始まった後6012ヶ月以上に渡り持続的な病状の進行が見られる。

(3)一次性進行型(Primary Progressive:PP型):初期から長期にわたり病状が持続進行する(時には一過性の軽度改善や急性増悪もある)。

(4)再発進行型(Progressive Relapsing:PR型):再発と寛解を伴いながら病状が進行的に増悪する(寛解期も症状は悪化)。

 下図は、多発性硬化症の病状の進行を示したもので、初めて自覚症状が出る前に既に病気が潜在的に進行し、やがて再発と寛解を繰り返しながら悪化し、進行性に移行する経過を示しています。

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図:多発性硬化症の進行経過(Source:Compston & Coles, Lancet 359:1221-1231 (2002))
画像クリックで拡大表示

多発性硬化症の診断

 多発性硬化症の病状の進行や治療効果は、再発頻度や再発時の重度、再発期間などが用いられ1日以上の神経症状の増悪があれば多くの場合「再発」と定義されます。多くの場合、1ヶ月以内に生じた一連の神経症状の悪化も1回と数えます。また、再発時の重度はKurtzkeの障害判定度表(Disability Status Scale:DSS:、正常0、死亡10とした10区分とした障害判定表)やExpanded DSS(EDSS、同20区分)が多く用いられ、歩行機能や認知、感情機能などを点数化して診断します。

 多発性硬化症は中枢神経の炎症ですので、脳の病変部位の炎症を観ることも重要です。侵襲性の点からMRI(核磁気共鳴像)で検査する方法が主流ですが、脳脊髄液を検査し、炎症反応があるかどうかをみることも重要で、腰椎穿刺という検査を行い髄液を採取して、リンパ球数の増加、炎症性蛋白質の増加、免疫グロブリンIgGの増加など炎症の程度を検査する場合もあります。また、髄液の検査では髄鞘の崩壊を反映してミエリン蛋白(MBP)が上昇を観ることもできます。

 MRIという方法は、脱髄病巣はT2強調画像およびフレア画像で白くうつります。また、急性期の病変はガドリニウムという造影剤を注射すると、造影剤が漏れ出て白くうり、脱髄病変に不可逆性の軸索変性が生ずると、T1強調画像で黒くうつるなど貴重な情報が得られるため最近では不可欠な検査となっています。

どうして多発性硬化症が起こるの?

 なぜ神経で伝達経路を保護する絶縁体である髄鞘が攻撃されるようになるのでしょう。他の自己免疫疾患と同様、髄鞘のミエリンが「異物」と誤認される免疫に攻撃されるのですが、その引き金となっている因子についてはよく分かっていません。ウィルスあるいは何らかの未知の抗原が引き金となり、誤認されるようになるのだという見方が有力ですが、決定的な証左はありません。また、日本やアジアでは発症率が少なく、欧米で多くの患者がいることなどから、人種に関係する遺伝的な要因や、緯度の高い地域で患者が多く見られることから、環境因子を考える向きもあり、高緯度に存在する未知のウイルスを疑う学者もいます。

 発症のメカニズムもまだ明らかではありませんが、病巣にはリンパ球やマクロファージの浸潤があることから、炎症機序によるものと考えられています。HLAクラス?抗原などの遺伝的素因、高緯度などの環境的要因、さらには感染因子に対する曝露などの様々な要因が分子相同性などの機序を介して最終的に自己免疫状態を引き起こしていると推定されています。

疫学的見地から見た多発性硬化症

 多発性硬化症は、世界には250万人の患者がいると推定され、特に、欧米人に多く発症し、緯度の高い地域で多く発症しています。多発性硬化症の発症率は、日本では10万人当たり 506名(最近では9名前後と年々増加傾向にある)と推定されていますが、欧米では、その10倍近い10万人当たり40050名の患者がいると推定されています。

 年齢的には、20-40歳の間に発症することが最も多く、男性よりも女性の発症率が高いのが特徴です。日本では全体として1万人01万2千人程度の患者がしかいませんが、米国では40万人以上の患者がいます。そのため、日本では難病として特定疾患に指定されている希少難病ですが、欧米では、欧米では若年成人を侵す神経疾患の中で最も多い疾患であり、決定的な治療法がない現在、多くの製薬企業が新しい治療薬の開発に鎬を削っています。

 次回は、現在行われており多発性硬化症の治療の現状と課題について、ご報告します。

連載 日本の創薬技術と世界



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