北里大学病院薬剤部長
厚田幸一郎氏に聞く
メトホルミンは、2型糖尿病の薬物治療の第1選択薬として世界中で多く使用されている。その一方で、頻度は高くないものの、不適切な患者への投与による乳酸アシドーシスの重篤な副作用も報告されている。また、近年ではSGLT2阻害薬をはじめとする新しい糖尿病薬が登場し、それらの薬剤とメトホルミンとの併用例も数多く見られる。こうした中、服薬指導時に、メトホルミンの適正使用ならびに他の薬剤併用時における継続した情報提供に基づく服薬指導の重要性がより高まっている。そこで、メトホルミンの中でも唯一高用量(維持量750~1500mg/日、最高投与量2250mg/日)が使用できる「メトグルコ錠」の適正使用と、服薬指導のポイントを厚田幸一郎氏(北里大学病院薬剤部長)に聞いた。
(大日本住友製薬提供)
メトグルコ‐2型糖尿病の第1選択薬
メトホルミンの上市は50年以上前に遡る。わが国で1961年に発売されたが、70年代に同じビグアナイド薬(フェンホルミン)で乳酸アシドーシスの副作用が問題となり脚光を浴びることはなかった。私が糖尿病教室に関わっていた30年ほど前も、ビグアナイド薬のブホルミンが使用されていたが、乳酸アシドーシスの問題でスルホニル尿素(SU)薬が主流であった。
その後、90年代に発表されたUKPDS(英国の大規模臨床試験)の試験結果や、インスリン抵抗性改善という新しいカテゴリーの薬理効果が再認識され、世界で広く繁用されるようになった。
わが国でも、2010年5月に上市されたメトグルコ錠は、メトホルミン製剤の中でも唯一高用量が使用できる薬剤として、2型糖尿病薬の基礎治療薬に位置づけられている。
乳酸アシドーシス発現防止‐腎・肝機能障害に注意
メトホルミンは、主に肝臓での乳酸やアミノ酸からの糖新生を抑制して血糖降下作用を示すため、乳酸の蓄積を促進する。
通常、乳酸が蓄積すると肝臓で代謝されるが、肝臓での代謝能以上に乳酸が増加したり、肝機能が低下している場合は乳酸アシドーシスが発現する恐れがある。
さらに、メトホルミンは、そのほとんどが尿から排出されるため、腎機能が低下すれば血中濃度が高まる可能性があり注意を要する。メトホルミンが体内に蓄積して作用が増強すれば、乳酸の蓄積が亢進するケースも考えられる。
メトホルミン投与による乳酸アシドーシスの発症頻度は、年間10万人当たり数人程度と報告されている(The New England Journal of Medicine 265 :338, 1998他)。そのまま放置しておけば昏睡状態に陥り、死亡率は約50%と高いため、乳酸アシドーシスの発症防止では肝機能や腎機能障害に十分注意する必要がある。
服薬指導時には、肝機能低下による「疲れやすさ」、腎機能低下による「むくみ」を念頭に置き、そのような症状が発現していないかの確認や、「患者に肝機能や腎機能の数値を尋ねる」ことも重要である。
脱水・過度の飲酒・シックデイも乳酸アシドーシス促進
脱水や過度の飲酒、シックデイへの留意も忘れてはならない。脱水は、急性腎不全を引き起こしたり、また、組織を低酸素状態にすることによって、乳酸アシドーシスを惹起しやすくなる。
過度の飲酒は、肝臓での乳酸代謝を低下させ、乳酸の血中濃度を増加させる。
発熱、嘔吐、下痢、食欲不振などを来すシックデイの中でも、脱水を伴うものは特に注意を要する。
また、メトグルコの副作用で最も頻度が高い下痢や吐き気などの消化器症状は、投与当初や増量時での一過性による場合が多い。服薬指導では、その点をきちんと説明して、「消化器症状が出ても勝手に服薬を中止せず、薬剤師に相談する」ように指導するのが望ましい。
その一方で、消化器症状は、筋肉痛と共に乳酸アシドーシスの初期症状であることも留意したい。
乳酸アシドーシス発現防止で重要となる薬剤師の役割
ビグアナイド薬は、二つのグアニジン基を基本骨格とするが、側鎖の短いメトホルミンは水溶性が高く、ミトコンドリア膜に結合しにくいため、ビグアナイド薬の中でも乳酸アシドーシスが起こりにくい薬剤とされている(図)。
それにも関わらず、乳酸アシドーシスの副作用の報告がなくならないのは、禁忌またはその可能性を含む、不適切な患者に使用されていることに原因があると考えられる(表)。禁忌に該当する患者への投与を避け、きちんと服薬指導すれば乳酸アシドーシスの発症を阻止することが可能なケースもあると考えられ、薬剤師が果たすべき役割は非常に大きい。
脱水による乳酸アシドーシス発現に要注意‐SGLT2阻害薬との併用
メトグルコと他の薬剤との組み合わせでは、インスリンやSU薬との併用においては低血糖に注意を要する。これらの薬剤との併用では服薬指導時に、「異常な空腹感、動悸・震えなどの低血糖の症状が出れば、すぐに医師・薬剤師に連絡する」ようにきちんと説明しておく必要がある。
近年、メトグルコと新しい糖尿病薬との併用例も数多く見られる。特にSGLT2阻害薬は、体内から尿を出して糖を排出させるため、体内循環液量減少に伴う脱水に注意が必要である。今後、SGLT2阻害薬の投薬期間制限が解除されると、メトグルコとの併用例が増加することが予想され、水分補給の徹底といった「脱水による乳酸アシドーシス発現」に十分注意した対応が今後ますます求められる。また、これまで予期し得なかった副作用等の懸念もあり、安全性情報に対し細心の注意を払う必要がある。
降圧薬・利尿薬など配合薬のチェックも
脱水に関しては、メトグルコと利尿薬の組み合わせにも注意したい。特に、降圧薬/利尿薬の配合薬との併用は、薬剤師がきちんとチェックしなければならない。
糖尿病薬の併用や、糖尿病薬と脂質異常症治療薬などの配合薬との併用も、思わぬところからの相互作用発現があるので注意したい。
最新情報への注意と副作用リスクを最小化するための服薬指導が不可欠‐メトグルコの適正使用
ここ数年、糖尿病領域の治療薬は、メトグルコをはじめ、DPP‐4阻害薬、GLP‐1受容体作動薬、SGLT2阻害薬などが次々と開発されてきた。一部の薬剤においては、治験段階では見られなかった副作用が上市後に報告され、それぞれの薬剤でRecommendationが発表されている。
メトグルコの適正使用では、薬剤師がきちんとRecommendationに目を通し、常に他剤併用などの最新の情報提供にも注意を払うことの重要性を改めて認識してほしい。それらの情報を整理する中で、副作用リスクを最小化するための服薬指導が不可欠である。
糖尿病の服薬指導‐食事や運動で聞き取りも
これからの糖尿病の服薬指導では、保険薬局でも食事や運動に関する話も患者に聞いて、もし誤った理解をしていれば、医師や看護師に連絡する医療連携が嘱望されている。
食事は、「患者が指示されたカロリーをバランス良く3食に分けて摂取しているか」が大きなポイントになる。服薬指導時には、「間食やドカ食いをしていないか」「時間をかけて食事を摂っているか」「栄養素をきちんと取っているか」などの確認が求められる。
糖尿病では、基本的に「間食」しないことが望ましい。果物は間食に適しているが、指示カロリーの範囲内で摂取すべきである。果物を指示カロリー以上に摂取している患者は多い。正しい食事の摂取は、簡単そうに見えて難しい。
患者が、検査値に非常に敏感なことも認識しておくべきだ。HbA1c値は10%前後では、糖尿病薬を服用することによって1カ月で1%程度低下することが多い。だが、熊本宣言2013(合併症を予防するために血糖管理目標値を7%未満)で示された7%近辺では0・1%下げるのも困難である。「食事や運動療法を頑張っているのに、全然数値が改善しない」と悲観する患者に、「維持しているだけでもすばらしいですよ」という薬剤師の一言が、どれだけ患者を勇気づけるかも知っておきたい。
通常のやり取り以上に糖尿病患者の実生活を知るには、薬剤師が患者会に参画する手立てもある。低血糖は、「フラフラして倒れる」と思いがちだが、私自身、患者が突然暴れ出す「異常行動」の低血糖を目の当たりにして驚いた経験がある。
糖尿病の薬物治療効果のさらなる向上には、薬剤師の積極的な患者のセルフケア行動支援のための知識や技術取得が不可欠である。
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