医薬品流通未来研究会代表 藤長 義二
【特別寄稿】医薬品流通未来研究会の提言について
「日本の優れた医薬品流通機能を未来に届けるための提言―持続可能性と負担の公平性の確保」を、全ての医療医薬品産業関係者に向けてひとつの問題提起として提案いたします。
この提案をしようと考えた理由はいくつかありますが、
[1]いわゆるカテゴリチェンジに苦しむ医薬品流通の実態
[2]画期的システムと思われた未妥結減算の現場の実態
[3]環境破壊が地球的規模の課題でありながら続く配送回数過当競争
[4]地域包括ケア時代を迎えた日本の医薬品流通の課題と医薬品卸の役割
――等々に対し、医薬品流通業の未来を担う人たちが現状の問題をどう認識し解決を探ろうとしているのかを議論する場を持ちたいと思ったからです。
2014年末に関係者各位に前記の趣旨を伝え協力をお願いしたところ有志メンバーが10人参加の意思表示をしてくれました。以来15年1月から7月にかけて毎月1回真剣な議論を重ねてきました。
1960年代から70年にかけてのアメリカ医薬品流通は、卸経由が50%、メーカとの直接取引が50%でした。それが今日、三大卸がシングルベンダーとして市場の95%を占有し、ほぼ100%の医薬品流通が卸経由で行われています。時折出てくる「卸無用論」とは正反対の結果です。
なぜそうなっているのか?筆者は、流通が、川上、川下のコスト節減に大きく寄与している事が最大の理由のひとつだと考えています。川上の販売コスト、川下の調達コストです。
それだけではない多くの合理的理由が流通業の存在にはあります。それらを踏まえ、しかし不足は大いに反省し、メーカ、顧客、さらには行政に対しても要望すべきは要望するスタンスで議論は進みました。
聖徳太子の言う「和をもって尊しとなす」を実践できたと思います。「和」は仲良しと誤訳されがちですが、語源をたどると「和」は「のぎへん」「くち」です。「のぎへん」は稲の穂先のように鋭く尖っていることを意味します。つまり「鋭く議論をしなさい。その議論を通じ相互に理解を深めなさい」そこに「和」があると言う意味だそうです。
私たちは、それを実践できたと思います。最終稿になっても議論は続きました。その議論を単純に提案するのではなく、この提案が「世論を興す」きっかけになってくれればと思います。
否定、批判は目的ではありません。ここから議論が始まることを願っております。
YTaK代表、経営コンサルタント
ミシシッピ大学薬学部客員教授
藤長 義二
(連絡先:yosh6@me.com)
<本文の要旨>
○卸自身の反省と決意
[1]価格形成機能のさらなる成熟化
[2]医薬品の安定供給に要するセクター別のコスト管理と算出コストの提示
[3]後発医薬品における情報提供・プロモーション機能の主要な担い手になる
○メーカーに対する提言
[1]後発医薬品流通におけるコストを踏まえたリベート体系の導入
[2]新薬創出加算品における市場を歪めかねないマージン戦略の是正
○顧客に対する提言
[1]過度な価格要求の是正と単品単価取引への理解
[2]環境負荷軽減のための取り組み
○行政に対する提言
[1]薬価告示の早期化
[2]新薬創出加算制度を薬価維持制度へ発展的見直し
[3]エッセンシャル・ドラッグの供給確保のための薬価算定ルールの見直し
[4]後発医薬品の使用促進に向けた制度の変更
[5]未妥結減算ルールの見直し
[6]地域包括ケアシステムを見据えた麻薬・医療材料等の流通改善
1.世界に誇るべき日本の医療制度と課題
日本の社会保障制度は国民皆保険に代表される幅広い保障を特徴としている。
「フリーアクセス」をはじめ「公的年金の充実」など、高次の保障水準を実現し、「世界に誇り得る国民の共有財産」と言い得る成果を達成している。その一方で、国家財政のプライマリーバランス(基礎的財政収支)は、消費増税と景気回復で最近は持ち直しているものの黒字化までのハードルは極めて高く、最大の歳出項目である社会保障費の抑制が課題となっている。今後さらなる高齢化の進展と人口減少が予測される中、保健医療のニーズは必然的に高度化・多様化し、これに伴う社会保障費の増加も懸念される。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、高齢者人口(65歳以上)は第2次ベビーブーム世代が65歳以上になる2040年代前半に3878万人でピークを迎え、その後は減少に転じ、60年には3462万人となる。総人口に占める割合は、60年には39.9%に達し、年少人口(0~14歳)と生産年齢人口(15~64歳)の減少が続くため、その割合は相対的に上昇し続ける。
このような世界でも稀な超高齢社会の到来を踏まえ、社会保障制度全体の持続可能性を高めるため、社会保障・税一体改革が実行に移され、その着実な実現のために13年12月「社会保障改革プログラム法」が成立した。
政府、厚労省では社会保障改革の議論が継続的に行われており、後発医薬品の使用促進をはじめ社会保障費は抑制基調にある中、地域包括ケアシステムの構築等、医療および福祉の充実に向け、医療・健康戦略、総合確保方針、地域医療構想に見られるように、25年ないしは35年の長期的な目指すべき姿の実現に向けた取り組みが明確化されようとしている。
中でも「病院完結型」から「地域完結型」への医療提供体制の変革は、医療のあり方や患者の流れを変えるものであり、医療環境や医薬品市場に与える影響は大きい。地域包括ケアシステムは、地域の自主性や主体性に基づき地域の特性に応じて作り上げていく必要がある。特に医療と介護においては、医療機関や訪問看護ステーション、ケアマネージャーや地域包括支援センターなどが連携して、様々な地域資源を組み合わせながら複合的な支援を実現する必要があり、これらの連携には地域の特性や医療・介護体制を理解している医薬品卸業界も積極的に関与していくことが必要になる。さらに、後発医薬品使用率の急激な引き上げ政策により医薬品市場が根本的に変化していくことが見込まれている。
このように、激変する今後の日本の医療環境において、現在医薬品卸が果たしている役割を再確認すると共に、今後果たすべき役割も念頭に、新たな課題と対応の方向性を提言していきたい。