地域フォーミュラリとは?基本を徹底解説

更新日:2025年12月05日 (金)

はじめに

 地域包括ケアの充実や医療費の適正化が叫ばれる中で、「地域フォーミュラリ」という言葉が注目されています。皆さんはこの言葉をご存じでしょうか。地域フォーミュラリとは、一言で言えば「地域医療で使用が推奨される医薬品リスト」のことです。病院ごとの院内フォーミュラリ(採用薬リスト)は以前から存在しますが、それを地域全体で共有する仕組みが地域フォーミュラリの特徴です。

 厚生労働省もその有効性に注目し、2023年7月には全国の自治体に対し地域フォーミュラリ推進のための通知(いわゆる「七夕通知」)を発出しました。本記事では、地域フォーミュラリの基本定義から策定プロセス、メリット、薬剤師の役割、さらには国内外の導入事例までを、薬学生や若手薬剤師の皆さんに向けてわかりやすく解説します。

地域フォーミュラリとは:基本定義と目的

 地域フォーミュラリとは、地域の医師・薬剤師など医療従事者が協働して作成する「地域共通の推奨医薬品リスト」です。有効性・安全性に加えて経済性も含め総合的に評価した上で、「この地域ではまずこの薬を使おう」という標準的な処方薬(推奨薬)を選定したリストを指します。例えば高血圧症の薬であれば、同じ効果の薬が複数ありますが、その中からエビデンスが高く価格も安価な薬を優先的に使う、といった指針をリスト化するイメージです。

 病院単位のフォーミュラリ(院内採用薬)は従来からありましたが、地域フォーミュラリは複数の医療機関や薬局が地域単位でリストを共有する点が大きな違いです。これにより、地域全体で統一された治療方針を持つことができ、患者さんはどの医療機関でも質の高い標準治療を受けられるようになります。また、ジェネリック医薬品(後発薬)や比較的安価な薬を積極活用することで医療費の無駄を削減する目的もあります。

 つまり地域フォーミュラリは、医療の質を維持向上しながら経済的な処方を実現する取り組みなのです。なおフォーミュラリはあくまで推奨リストであり、「掲載薬以外は使ってはいけない」という強制力を持つものではありません。患者の病状に応じてリスト外の薬が選択される柔軟性も確保されています。

地域フォーミュラリ策定の流れ

 地域フォーミュラリを作成し運用するまでには、関係者の協働によるいくつかの段階を踏みます。おおまかなプロセスは次のとおりです。

1. 合意形成と委員会設置

 まず地域の医師会・薬剤師会・歯科医師会などが中心となり、「地域フォーミュラリを導入しよう」という合意形成を図ります。関係医療機関・薬局の理解を得た上で、医師・薬剤師・歯科医師・行政担当者などからなる地域フォーミュラリ作成委員会を立ち上げます。

2. 対象領域の選定

 委員会では最初に、標準薬を選定する対象疾患領域を決定します。例えば高血圧症や糖尿病といった慢性疾患領域は、同種同効薬が多く処方のばらつきも大きいため、優先して地域フォーミュラリの対象に選ばれることが一般的です。

3. エビデンス評価と推奨薬選定

 選定した疾患領域ごとに現行処方されている薬の候補をリストアップします。薬剤師を中心に各薬の有効性・安全性・価格などデータを収集し比較検討します。効果が同等であればより経済的な薬を優先するなど、最新のエビデンスに基づき最適な薬を絞り込みます。そして委員会の議論を経て、その疾患で推奨する薬(標準薬)をリスト化します。

4. 意見徴収とリスト確定

 委員会で一旦地域フォーミュラリ案がまとまったら、地域の医師・薬剤師全体に向けて意見募集を行います。現場の声(「この薬も必要では」「副作用リスクは大丈夫か」等)を踏まえて必要に応じリストを修正し、最終的に地域フォーミュラリとして正式に確定します。

5. 周知と運用開始

 完成した地域フォーミュラリは地域内の医療機関に周知されます。紙媒体の配布や電子データ共有によって、医療従事者がいつでも参照できる環境を整備します。ただし繰り返しになりますが重要なのは、「地域フォーミュラリ掲載薬だけしか使ってはいけない」という処方の強制ではないことを関係者全員に周知することです。地域フォーミュラリはあくまで推奨される標準薬の指針であり、患者一人ひとりの病状に応じ柔軟に判断する余地を残します。

6. 定期的な見直し

 医薬品の新発売や臨床ガイドラインの改訂に合わせて、地域フォーミュラリの内容も定期的に更新します。新しい有効な薬やジェネリックの登場、エビデンスの変化などに応じ、リスト追加・変更や使用方針の見直しを行います。こうした定期改訂により、地域フォーミュラリの実効性と最新性を常に維持します。

 このような手順を経て、一度策定された地域フォーミュラリは地域の医療現場で日常的に活用されるようになります。医師、歯科医師は処方を考える際に地域フォーミュラリを参考に薬を選択し、薬局はそのリストに沿った在庫を揃えることで患者さんに継続的な薬物治療を提供します。

地域フォーミュラリのメリット

 地域フォーミュラリには、医療の質向上からコスト削減まで様々なメリットがあります。主なポイントを挙げます。

治療の標準化による質の向上

 地域内で処方薬を統一することで、どの医療機関でも一定水準の治療が受けられるようになります。医師ごとの処方のばらつきが減り、患者さんは地域のどこでも質の高い薬物治療を享受できます。また、副作用情報や治療効果のデータを地域で共有しやすくなり、医療安全や治療成績の向上にも寄与します。

医薬品費用の適正化と患者負担の軽減

 効果が同じならより安価な薬を使う——この考え方を地域全体で徹底することで薬剤費の削減が期待できます。高価な新薬の安易な使用を控え、ジェネリック医薬品を積極活用することで、医療保険財政の負担軽減につながります。結果的に患者さんの薬代自己負担も軽くなり、経済的なメリットがあります。

医療現場の効率化

 地域フォーミュラリを導入すると薬局で扱う薬の品目を絞り込めます。在庫管理の効率化により、在庫過多や医薬品の廃棄ロスが減少します。また、病院と保険薬局で同じ薬を使うことで入院・退院時の処方切り替えがスムーズになり、残薬(飲み残し)の発生抑制にもつながります。限られた医療資源を有効活用できるという効果も見逃せません。

多職種連携の強化

 地域フォーミュラリの作成・運用過程を通じて、医師と薬剤師をはじめ多職種の密な協働が促されます。チーム医療の一環として情報共有や相談体制が強化され、結果として地域医療全体の連携が深化します。医師と薬剤師が共通のリストを持つことで意思疎通が図りやすくなり、処方提案や薬学的ケアの質も向上するでしょう。

 このように地域フォーミュラリは患者・医療者双方にメリットをもたらします。ただし運用にあたっては、「標準薬リストが医師の処方権を制限するものではない」という点を十分に理解共有することが重要です。関係者の合意のもとで柔軟に活用することで、初めてこれらのメリットが真価を発揮します。

地域フォーミュラリにおける薬剤師の役割

 地域フォーミュラリの成功には、薬剤師の積極的な関与が欠かせません。医薬品の専門家である薬剤師は、策定段階から運用段階まで様々な場面で重要な役割を担います。

策定段階

 策定段階では、薬剤師がエビデンス収集と評価の中心となります。各薬剤の臨床試験データ、ガイドライン、薬価情報などを集めて医師に提供する比較資料を作成します。同等の効果を持つ薬の比較では、薬剤師が有効性・安全性・コストのバランスを分析し、委員会でプレゼンテーションすることもあります。また後発医薬品の品質や供給安定性など、薬剤に関する専門的視点で助言するのも薬剤師の重要な役割です。

運用段階

 運用段階では、薬剤師が地域フォーミュラリを現場に根付かせる推進役となります。具体的には、薬局では地域フォーミュラリ掲載薬を優先的に在庫し、処方せん受付時にスムーズに調剤できる体制を整えます。病院薬剤部でも地域フォーミュラリに合わせ院内採用薬を見直し、退院後も同じ薬を継続しやすい環境をつくります。また、医師が地域フォーミュラリにない薬を処方した際には、薬剤師が同等効果でより経済的な薬への変更提案(疑義照会)を行うケースもあります。こうした処方提案は医師の理解と協力が前提ですが、患者さんに最適な薬物療法を提供するため薬剤師が調整役を担います。さらに薬剤師は患者さんへの服薬指導の中で「この地域ではこのお薬が標準的です」と説明し、治療意図や薬の位置づけを伝える役割も果たします。地域の勉強会や研修で地域フォーミュラリの内容・運用状況を周知し、情報共有のハブとして機能するのも薬剤師の大切な役割です。

 このように地域フォーミュラリは、薬剤師がその専門性を発揮し活躍する絶好の舞台とも言えます。実際、地域フォーミュラリ推進の政策的意義として「薬剤師が薬物治療で頼られる存在になること」が挙げられるほどで、薬剤師にとってもやりがいのある取り組みとなっています。

医療者間の連携強化:ICT活用事例

 地域フォーミュラリを円滑に運用するには、医師と薬剤師の密なコミュニケーションが不可欠です。近年、その連携をサポートするためICT(情報通信技術)を活用した仕組みも導入され始めています。

 例えば、地域フォーミュラリの最新情報をクラウド上で共有しておき、医師は診察中にオンラインで推奨薬リストをすぐ確認できるようにする取り組みがあります。また、地域の医師・薬剤師が参加する専用チャットグループを設け、処方内容に関する質問や相談をリアルタイムで行える環境を整えた例もあります。さらに、電子カルテの処方オーダーシステムに地域フォーミュラリ情報を組み込み、リスト外の薬を選択すると警告表示が出る機能を追加した事例も報告されています。これらのツールによって医師と薬剤師の情報共有がスムーズになれば、地域フォーミュラリの運用はより徹底され、患者さんへのサービス向上につながるでしょう。

主な国内における地域フォーミュラリ導入事例

 日本でも先進的な地域から地域フォーミュラリの導入が進んでおり、2025年時点で 十数か所が導入済みまたは策定中とされています。以下に主な事例を抜粋して紹介します。

地域(自治体) 導入年 特徴・概要
山形県酒田市ほか(庄内地域) 2018年  日本初の地域フォーミュラリを策定。複数病院が参加する広域連携体制で、高血圧症や糖尿病など慢性疾患領域の標準薬を決定。行政とも連携し、地域全体で統一的な薬物治療指針を共有。
大阪府八尾市 2021年  地域の中核病院と医師会・薬剤師会が連携して策定。ジェネリック医薬品の積極採用によるコスト削減効果を確認。入院時の持参薬や退院後の処方調整にもフォーミュラリを活用し、残薬削減が期待されている。
茨城県つくば市 2022年  三師会(医師会・歯科医師会・薬剤師会)の協働により市単位の標準薬リストを策定。2023年には全国で初めて歯科領域で使用する医薬品を地域フォーミュラリの対象医薬品に組み入れる取り組みをスタートさせている。

 各地で地域フォーミュラリ導入の主体や進め方には違いがあります。医師会や薬剤師会がリードした例、大学病院が周辺地域に呼びかけた例、自治体(行政)が調整役となった例など様々ですが、地域の実情に合わせた形で成果を上げている点に注目できます。

 地域フォーミュラリー運用開始‐山形県の北庄内地域で地域医療連携推進法人が策定
 鎮痛剤のたたき台公表‐つくば3師会、歯科フォーミュラリ第2弾
 【八尾市薬】地域フォーミュラリ開始‐今月から2薬効群で運用

海外におけるフォーミュラリ運用との比較

 フォーミュラリの考え方自体は海外では以前から一般的で、国や保険者単位で広く運用されています。日本の地域フォーミュラリ施策も、こうした海外の知見を参考にしつつ進められています。主な海外事例を見てみましょう。

国・地域 フォーミュラリ運用の特徴
アメリカ  医療保険組織(HMO)や病院ごとに独自のフォーミュラリ(処方リスト)を整備。1980年代以降、費用対効果及びコスト抑制を重視した薬剤管理策として普及しました。各組織の薬事委員会がリストを策定し、適正処方と薬剤費抑制を推進しています。
イギリス  国民保健サービス(NHS)の下、全国共通の医薬品集「英国国民医薬品集(BNF)」と各地域フォーミュラリを運用。NICE(国立医療技術評価機構)のガイドラインに基づき標準薬を選定し、費用対効果も厳格に考慮されます。

 欧米では、公的保険制度や医療提供体制の違いに応じてフォーミュラリが根付いています。日本の地域フォーミュラリは、医療へのフリーアクセス(患者が自由に医療機関を受診できる仕組み)や多数の保険者が混在する特有の環境に合わせた工夫が求められますが、根底にある目的は海外と共通して「医療の質を落とさずに費用を適正化する」ことと言えるでしょう。

まとめ:地域医療の質と効率を高めるカギ

 地域フォーミュラリは、地域医療で使用する医薬品を統一することで患者に質の高い治療を提供しつつ、医療資源を節約できる有望な仕組みです。最新エビデンスに基づく標準薬を地域全体で共有することで、患者さんにとって安心・安全で無駄の少ない医療が実現します。厚生労働省の後押しもあり、今後さらに多くの地域で導入が進むでしょう。

 薬学生や若手薬剤師の皆さんにとって、地域フォーミュラリは自分たちの専門知識を地域医療に役立てる絶好の機会です。医師や他職種と協働し、患者にとって最適な薬物治療を提供する中で、薬剤師の存在感を高めることが期待されています。医療の質向上と費用適正化の両立という大きな目標に向けて、地域フォーミュラリはこれからの地域医療に欠かせないキーワードとなるでしょう。

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