インドの医薬品市場の巨大さやその成長性等に関しては、既に多くの情報が提供されている。従って、本稿では、それらについての説明は最低限に止め、特にインドの医薬品市場の特性を中心に述べることにしたい。
市場規模
インドの国内医薬品市場(2006年度)は、約6,800億円、内、感染症1,230億(18%)、消化器760億(11.1%)、循環器700億(10.3%)、呼吸器640億(9.4%)、消炎鎮痛610億(8.9%)、ビタミン・ミネラル600億(8.8%)、婦人科370億(5.4%)、神経系370億(5.4%)、皮膚科369億(5.4%)、糖尿病300億(4.4%)、眼科・耳鼻科120億(1.7%)、その他となっている。過去、年7%で成長してきており、今後5年間は年平均で8~11%程度の成長が見込まれている。
また、以下に述べる上位10品のリストからも判るように、即時の対応のために薬剤が大きな売上(現在、全体の売上の約3/4が急性期治療薬)を占めているが、最近は、心臓関係、高血圧、糖尿病薬等の慢性期治療薬が伸張している。
尚、インドの医薬品市場は、金額的には全世界の中では15位前後であるが、生産量では世界4位の医薬大国である。
注:US$=120円、インドルピー=3円で換算
需要の多様性
インドの医薬品市場の特性として最初に上げられるのは、その需要の多様性である。10億を超える人口、異なる気候・風土の存在、多様な生活習慣、所得・生活水準の格差等から、様々な疾病が発生し、様々な薬剤が様々な価格で様々な販売チャネルを通じて流通している。この結果、同じ成分の薬剤(例えば消炎鎮痛剤)でも、高い薬価で大都市の私的病院において週単位で処方されるものもあれば、極めて低薬価の製品で1日分/1回分が農村地区の公的病院で処方されることも日常的に起きている。また、バイオ医薬品の中には日本の薬価の7割程度の価格設定されているものもあり、高額な医薬品が消費される基盤が着実に出来つつある。
大きな売上の製品がないこと
インドでの売上高の上位10品は以下となっているが、インドと日本の物価水準から、インドでの売上を10倍に計算しても、300億円を超える製品は1品のみである。これは、インドの市場において特定の製品が大きなシェア/売上を獲得することがいかに困難であるかを示していると言える。反面、どのような製品にもそれなりのチャンスがあるとも言える。
商品名 一般名(成分) 売上高(百万円) 対前年比(金額) (数量) 1, Corex Chlorpheniramine, Codeine 3,090 -3% -9% 2, Voveran Diclofenac 2,910 6% -7% 3, Taxim Cefotaxime 2,640 4% 1% 4, Phensedyl Chlorpheniramine, Codeine 2,520 36% 26% 5, Becosules
CoughVitamin B complex 2,370 -5% -12% 6, Sporidex Cephalexine 2,280 2% -2% 7, Augmentin Amoxycillin, Clavulanic Acd. 2,250 7% 4% 8, Athalin Salbutamol 2,222 2% 2% 9, Human Mixtra Insulin 2,222 10% 10% 10, Liv-52 Herbal Hepatobility 2,190 4% -1% Source:ORG/IMS, Aug. 2005
多数の多様な規模の競争者の参加と競争の激烈さ
インドでは4000を超える医薬品製造(製剤)工場が登録されており、大小2000を超える会社が、20万人を超えるMRによってプロモーションされている。この結果、値引やリベート等の価格競争が日常的に行われている。これらのことは価格の透明性を損なうため、価格規制を受ける製品については、最高販売価格(MRP, Maximum Retail Price)、の金額がPTPシートの裏に印刷されている。
終わりのない価格競争を回避し、また最小化すべくサンプル提供(いわゆる添付)や接待等の日本であれば公競規に触れる活動や、医師の継続教育を支援するプログラムを企画・推進し、それを通じてシンポ化を図ったり、研究会、説明会等に注力する企業もある。いわば、“何でもあり”の世界となっているが、外資系や国内大手は、質の高い医薬品情報の提供をメインとした活動を展開しているといえる。
連載 インド薬業事情
- 「インド薬業事情」連載終了
- 第21回 インド製薬会社の収益性
- 第20回 インドの医薬品の品質
- 第19回 インドのAPIビジネス―日本企業の対応
- 第18回 インドの医薬ビジネスサポート業―3 (研究支援)
- 第17回 インドの医薬ビジネスサポート業―2 (受託製造)
- 第16回 インドの医薬ビジネスサポート業―1 (CRO)
- 第15回 インド製薬会社の海外展開
- 第14回 インド製薬会社の強みと弱み
- 第13回 インドの医薬品市場―主要企業と成長
- 第12回 インドの医薬品市場の概要―その特性
- 第11回 インド高裁によるノバルティスの請求棄却に関して [緊急掲載]
- 第10回 インドの医療供給体制
- 第9回 インドの医薬品安全性対策
- 第8回 インド製薬会社のMR
- 第7回 インドの医薬品マーケティング戦略
- 第6回 インドの医薬品流通
- 第5回 インドの薬価
- 第4回 インドでの医薬ビジネスに関する法規制
- 第3回 インドの医薬品と知的財産権
- 第2回 インドの医薬品承認制度
- 執筆者紹介 黒木俊光氏(トレント・ファーマ社長)
- 第1回 物質特許制度の導入とインド企業の新薬開発
- 執筆者紹介 川端一博氏(ザイダスファーマ社長)
- 「インド薬業事情」連載開始!