本稿においてはインドの医療供給事情についてわかっている範囲でご紹介したい。
まず全般的な数字を羅列してみよう。
ヘルスケア関連支出: 約3兆3千億円(GDPの5.7%) 公的支出: 15.5% 民間支出: 84.5% 外来患者支出: 61% 入院患者支出: 39% ヘルスケア関連産業成長率: 毎年15%
これらの数値から言えることは、全体としてそれなりの規模があり、成長は著しい。但し日本と異なり公的支出の割合が極めて小さいということであろうか。
しかし、その裏には更に複雑なインドの事情が含まれていることを忘れてはならない。
まず、この成長を支えているのは中産階級と言われる、準富裕層である。例えば入院費の例として、設備の整った民間病院の場合で1日約2千7百円程度から始まり、個室では1日1万円前後、高級個室になると1日3万5千円が必要になる。日本での入院費に比べるとかなり安いとは言え、給与水準・物価が日本の約20分の1程度と言われるインドでの価格である。貧困層にはとても払える金額ではない。即ち、これらの医療供給や関連産業に関する数値は多く見積もって25%から30%の富裕層の支出によって形成され、また恩恵の大半もこれらの人々が蒙っていることを念頭に置く必要があろう。
更に数値の紹介を続けると、
全国の医師数: 1,000,000人 (但し、医師会に加盟している医師は7,600人程度) 技師や医療支援要員: 350,000人 看護婦(婦人のみの数値): 865,000人 (協会登録者数) 病院数: 16,000件 (他に、サブセンターと呼ばれる施設が142,500件、プライマリーヘルスセンターと呼ばれる施設が23,000件ある) 医科系大学数: 162校 歯科系大学数: 100校 薬科系大学数: 150校 看護系大学数: 85校
これらの数値だけを見ると日本と同等、或いはそれ以上の医療供給体制が整っているようにも見える。しかし、インドの国土は日本の8.7倍で人口は日本の約10倍である。上記の数値を全て10分の1にしてみると、インドでは如何に医療供給の体制整備が遅れているかがおわかりいただけるものと思う。これを表す数値が人口当たりベッド数で、インドでは0.7床/千人しかない。インド政府では今後10年間に毎年8万床ずつ増やしていく計画である。
前述の数値はインド全土に関する数値を合計したものであるが、これらを都市部と地方、公的施設と民間施設に分けてみるとまた全く違った切り口になってくる。貧富・地域・公民の全てについてそれぞれの格差を明らかにし、実態を説明するのは結構骨の折れる課題であり、またの機会にまわしたいと思う。
最後に、早くインドの医療事情が改善され、現在約55歳と言われる平均寿命が先進諸国並みに伸長し、千人の内80人が亡くなると言われる乳児の命が助かるようになることを願いたい。
連載 インド薬業事情
- 「インド薬業事情」連載終了
- 第21回 インド製薬会社の収益性
- 第20回 インドの医薬品の品質
- 第19回 インドのAPIビジネス―日本企業の対応
- 第18回 インドの医薬ビジネスサポート業―3 (研究支援)
- 第17回 インドの医薬ビジネスサポート業―2 (受託製造)
- 第16回 インドの医薬ビジネスサポート業―1 (CRO)
- 第15回 インド製薬会社の海外展開
- 第14回 インド製薬会社の強みと弱み
- 第13回 インドの医薬品市場―主要企業と成長
- 第12回 インドの医薬品市場の概要―その特性
- 第11回 インド高裁によるノバルティスの請求棄却に関して [緊急掲載]
- 第10回 インドの医療供給体制
- 第9回 インドの医薬品安全性対策
- 第8回 インド製薬会社のMR
- 第7回 インドの医薬品マーケティング戦略
- 第6回 インドの医薬品流通
- 第5回 インドの薬価
- 第4回 インドでの医薬ビジネスに関する法規制
- 第3回 インドの医薬品と知的財産権
- 第2回 インドの医薬品承認制度
- 執筆者紹介 黒木俊光氏(トレント・ファーマ社長)
- 第1回 物質特許制度の導入とインド企業の新薬開発
- 執筆者紹介 川端一博氏(ザイダスファーマ社長)
- 「インド薬業事情」連載開始!