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【インド薬業事情】第11回 インド高裁によるノバルティスの請求棄却に関して [緊急掲載]

2007年8月10日 (金)

 8月6日にインドのチェンナイ(旧マドラス)高裁がノバルティスの「インド特許法は不当」との請願を棄却したとの報道が様々な物議を醸しているようである。「インド薬業事情」と銘打つこのコーナーにおいても本件について臨時に触れておくことにした。

 尚、筆者は知財の専門家でなく、この稿の目的は状況をより正確に読者諸氏に伝えることにあることを最初に断っておきたい。

 ノバルティスは、グリベックの主成分であるメシル酸イマチニブについて、メールボックス出願制度に従いインドで(物質)特許申請を行っていたが、昨年2月に却下された。理由は、この申請はメシル酸イマチニブの結晶に関する特許で、これがインド特許法のセクション3(d)にある「既知の物質に少しの(原語ではマイナー)改良を加えた医薬品については、著しい効果の改善につながるものでなければ特許性を認めない」との規定に抵触するからということであった。(インドでは改定特許法に基づく物質特許は1995年以降適用されたが、グリベックの基本特許はそれ以前に出願されていたため、インドでは申請できなかった。)

 これに対してノバルティスは、「少しの改良」や「著しい効果の改善」という曖昧な表現しかなされていないインドの特許法は、特許の承認権限を有する者に専横的な権限を与えるものであり、インドの憲法に違反するものであるとの訴えを起こした。また、この裁定を下した特許庁をインド知的財産権上訴委員会(Indian Patent Appellate Board: IPAB)にも訴えたところ、IPABの担当官が当時特許申請を却下した特許庁の担当者と同一人物であり、これについても担当者の変更を要請した。一方でインドの特許法は他のWTO加盟国(特に欧米等の先進国)の特許法と異なり、TRIPS協定に違反するものであるとの考え方も示してきた。

 これに対して、今回のチェンナイ高裁の判断は、インド特許法は憲法に違反していないとして訴えを棄却し、WTOの問題については高裁の裁定権限外であるとした。また、IPAB担当官の問題についても棄却されている状況である。

 この件が大きな問題として取り上げられている背景には、単に今後の国際企業のインド戦略に影響する可能性のほかに、抗エイズ薬を含めた発展途上国で使われる医薬品の多く(80%とも言われている)がインドで製造されている事情から、途上国での新薬による治療の恩恵を左右することがある。

 特に現在、1995年以降、メールボックス出願制度に基づき物質特許の申請をし、現在保留(審査中)になっている医薬品の中に、Atazanovir、Lopinovir/RitonavirやTenofovir等の抗HIV薬が含まれているため、今後それらの医薬品の特許性判断にも影響を及ぼし得るノバルティスの訴訟活動について、貧民医療に関わるNGO等が非難をしてきた。

 この一件が、今後どのような展開を見せるかについてはノバルティス社の意向が発表されない限り確たることは言えないが、WTOへの提訴に関しては国が行うものであり、現時点でスイス政府高官は「インドの特許法は他の国々のものと同等であり、TRIPS協定に違反するとは考えていない」とのコメントを出しているため、何れにしてもインド国内の問題としての決着という形になりそうである。

 この一件が即座に「インドでは医薬品の(物質)特許が成立しない」とか「改良医薬は一切だめだ」とかいうことを意味するものではない。今後個々のケースについて注意深く見守っていく必要があるであろう。また、特許法改定前(2004年以前)もそうであったように、インドで特許が成立しないからと言ってインド製の医薬品が、非合法に欧米や日本で出回るということではない。インド政府はWTOの加盟国として正当な貿易を推進しており、特許成立国へのインドからの輸出は禁止されていることに変わりはない。

 もう一つ、述べておきたいのは、インドの最大手であるランバクシーやドクターレディース、シプラ、ザイダスやトレント等は、世界に通用する新薬メーカーとしての脱皮を図っており、これらの大手メーカーは今回の裁決を欧米や日本のメーカーと同様の立場で受け止めている側面もあるということである。何故ならこれらのメーカーも特許法の適用においてノバルティスと何ら差はなく(インドでは特許法の国内適用において、内資、外資による差別的扱いはされていない)、現在、新薬の研究開発に積極的に取り組んでおり、近い将来多くの新薬を特許による保護の下で上市する予定だからである。

 ノバルティスをはじめとした世界の大手製薬企業にしてみれば、飽くまでもビジネスとして医薬品を発明・開発しているのであるから、その特許や発明を維持するために、訴訟等の対応をすることは当然なことであり、今回の訴訟活動そのものを非難される理由はない。一方で、ノバルティスが指摘したインド特許法の条文の曖昧さについて、公布当初から指摘されてきたが、「新規性」や「有効性」に絶対的な基準を設けることは困難であり、程度の差こそあれインド特許法のみの問題と言うわけではないであろう。基準の具体的な内容は、今後、裁判を通じて判例として明確になっていくものと思われる。

 いずれにせよ、今回の判決は、法治国でごく普通に行われる特許成立の疑義に関する司法的判断であり、その事実的背景から、センセーショナルに捉えたり、過敏に反応する必要はないと考える。


共同執筆

ザイダスファーマ株式会社
代表取締役社長・川端一博

トレント・ファーマ株式会社
代表取締役社長・黒木俊光

連載 インド薬業事情




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